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手のひらにまだ、ぬくもりがのこっている。
夕日の熱が、横からオレのほおを焦がしていた。
綾はもう、羽がなくても生きられるんだって、実感した。
だいじょうぶだ。
オレたちは、ファンタジーがなくても生きていける。
「葉児? なにしてるの……?」
階段の上からかあさんの声がきこえて、オレはハッと首をあげた。
ふり返ると、地下へ向かう階段のとちゅうで、かあさんが眉をひそめて、オレを見ている。
「鍵はここよ」
だけど、さしだされた鍵を受け取らずに、オレは目の前にそびえる重たいドアから背を向けた。
かまわない。
とうさんの書斎にはもう、用がない。
卯月先輩に見せられたチラシや、本にまどわされたりしない。
二階の自分の部屋にもどると、ベッドをつけた窓際で、センペルビウムの綾桜が待っていた。バラの花のようなロゼット状の葉は、またひとまわり大きくなって、ブリキ缶の中で、まわりにいくつかの子株をしたがえている。
「子株も、そろそろ親元から切りはなして、植えかえねぇとな……」
あまりきつい缶に、ぎゅっとつめこまれたままでは、これから大きく育つ葉も枯れてしまう。
「かあさん、空いたかんづめ缶ある?」
綾桜を手に、一階のカフェにおりる。
空き缶をいくつかもらって、庭におりると、空に月が見当たらなかった。星はチラチラとまたたいているのに。
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