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私のいる病棟は夜に侘しさが漂っていると思います。
入院してからずっと私はこの病室にいるので、病棟のことは音でしか知りません。日が昇っている間は台車の車輪の音や僅かに聞こえる話し声で賑やかなのに、夜になると何も聞こえなくなります。
何年もここで暮らしていたのに、夜に慣れることはありませんでした。
私が発症してしまったのは、世にも奇妙な難病で治療法がありません。治療法どころかこの病が何なのか世界の誰も知らないんです。
だから、私は隔離されました。
最初は気が狂いそうになった真っ白な部屋も、白い防護服を着て顔が見えないお医者さんも看護師さんも、今では日常の一部です。諦めという名の妥協で今まで生きていました。
ただ死ぬのを待つだけ。そう思って生きてきた私に珍しいことが起こります。
夜中に来客があったんです。その人は唐突に白い壁をすり抜けて、私の部屋に入ってきたんです。
彼女は肩に猫を乗せて、広げた地図をじっと見ていました。
私は寝た振りをします。
「おめえ、さっきから行ったり来たりで道に迷ったんじゃねえのか?」
「そんなことはないよ。ここは何処かは地図に載ってる。ただ、建物の中の造りがわからないってだけで」
「迷ってるじゃねえか」
彼女が誰かと話しているようです。
この部屋には私と彼女と猫しかいません。消去法で彼女の話し相手は猫しかいません。
その事実に気付いて、私は飛び起きました。
「死神って本当に猫を連れているんだ……」
喋る猫が死神の眷属なのはあまりにも有名です。
死神は早死にする不幸な子供の前によく現れるといいます。それは少しの間だけ子供に生きる幸せを味わわせるためです。
彼女は目を丸くして、こっちを見ます。猫は私を見て、ぎょっとしているようです。
「会いたかった……!」
私は勢いよくベッドから彼女に抱きつきました。
彼女は少しだけよろめいて、肩の猫が床に降ります。
「本当に存在したんだ。私のところに来てくれた!」
あまりに嬉しくて私は妙に饒舌になってしまいます。笑顔で「もうすぐ私は死ぬんだ!」と彼女を見ます。
「君には私が死神に見えるんだね」
すると、彼女も笑顔を向けてくれました。
「違うの?」
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