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「いや、似たようなものだよ。ただ、私には飴が必要なだけで」
私はその言葉に胸を撫で下ろします。絵本の中では対価なんて要らないけど、現実では必要ってことだと彼女の言葉を解釈しました。
死神さんは足元の猫を見ます。
「オレオ、シキサイの死神はね、人々の魂を送り出す役割があるの。生まれ変わらせるために」
シキサイ――詞季彩はこの世界――いわゆる現世の名前です。こっちでは生まれ変わりについて話すときしか使わない言葉ですが、死神にとっては馴染み深い言葉なんでしょう。
でも、少し変な使い方です。詞季彩の他に何か世界があるんでしょうか。
死神さんの言葉に、オレオと呼ばれた猫は顔を歪めます。
「じゃあ、その子は……」
死神さんは「そういうことになるね」と頷きました。そういうこととはそういうことです。
「君、不思議な髪だね。綺麗」
死神さんは私の、病気ですっかり変わってしまった髪を撫でます。
「ありがとう。死神っててっきり男の人だと思っていたから、最初は気付かなかったわ。あなた、可愛いから」
死神さんのお世辞に私もお世辞で返しました。ベッドに潜り込んでいて、顔なんて見てません。
私の髪は今、植物の蔓のようになっています。いえ、植物の蔓そのものです。蕾を付けて花が咲き枯れていく、まるで別の生き物のような髪が綺麗な訳がありません。
「君、名前は?」
「――知らないの? 意外と管理体制がしっかりしてないのね」
ちょっとだけ、悲しくなります。死神は多忙で個人のことをいちいち認識してられないってことなんでしょう。
「私はアイーダ。短い間だけどよろしくね」
それでも、久しぶりに名乗れることは喜ばしいことです。
目の前にいる死神さんは「うん。よろしくね」と笑い返してくれました。
綿菓草は食べられる花として有名です。ふわふわとした雲のような花を食べると、口の中で溶けて甘さが広がります。
そして、死神の主食だったようです。
私は今、数年振りに母の顔を見ています。綿華草を生ける母の顔は少し皺が増えていて、胸が痛くなりました。
これは死神の力です。私が最初にお願いしたことは『人間の顔が見たい』でした。
だって、防護服の同じ顔しかずっと見ていなかったから。背の高さなどで区別をしていて、皆の顔がどんなものなのかあやふやになってしまいました。
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