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昭和39年の東京。
武蔵野台地に雑木林があちこちに点在していた頃の話である。
高層マンションなどのように、視界を遮る建物があまりなかった時代。
当時は、二階建の家なら、遠くに富士山や丹沢の山々を望むことができた。
雑木林には、クヌギ、コナラ、クリなどがたくさん自生しており、自然を満喫するには充分な環境だった。
夏休み。
子供たちのお楽しみの一つに虫捕りがあった。
カブトムシ、クワガタ虫である。
今は、たかが一匹をとんでもない値段で売っているが、当時は、そんなものはうじゃうじゃ捕れたのだ。
クワガタが捕れる時間帯は昼間ではなく、早朝か夜。
その時の奇妙なエピソードをひとつ。
僕たちは夜のクヌギ林へ出かけた。
虫い刺されないように長袖、長ズボン、靴下は履いて、それなりの準備を整えた。もちろん、幽霊探しなんかじゃない。夜行性のクワガタやカブトムシを捕りに行くためだ。
仲間は僕を含めて4人。
懐中電灯を持って和気あいあいと出かけた。
住宅街をのまわりは畑。胡瓜やトマトが栽培されてるんだ。トウモロコシもある。
僕らが目指す雑木林は道路沿いにあった。公園ではないけれど、入口があって、そこから林の中にはいる。
林道の向こう側には竹林と栗林があって、そこは地主さんがいて作物を管理していた。
つまり雑木林を抜けると、私有地に入ってしまう寸法なのだ。
地主さんの自宅はそこにはなく、もっと別の場所に住んでいた。
だから、僕ら以外は誰もいないはずだった。
夜だけど、ちっとも怖くなかった。
なにしろ、ノコギリクワガタやミヤマクワガタ、カブトムシのことで、みんな頭がいっぱいだったから。
虫捕りは順調だった。
そのときだった。仲間の一人が変な声をだした。ひろしクンだ。
「懐中電灯の電池ぎれだあ」
目をぱちぱちさせるみたいにして、豆球が切れてしまった。
僕は言った。
「平気だよ。ひろしクンのが切れても、おれたちのがあるからさ」
そう、まだ3本の光が残っている。
3本のライトは、暗い雑木林の奥を照らした。
ちょっと不気味な感じがした。
「ねえ、もう帰ろうぜ」
今度はまことクンが提案した。
そうだね、帰ろうか。
みんな賛成したので、帰ることになった。
暗い雑木林の奥からひんやりした風が吹いてきた。
僕たちはいっせいに振り向いた。
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