鏡の中に居る彼女

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 今日も私は数字と部下のチェックと上司のイヤミに追われていた。昨日もそうだったし、多分明日もそうだろう。家に帰っても夕飯の支度をして待っている家族も居ないし、ペットも居ないし、趣味もない。そんな日々に、時々休日。ファミレスの日替わりメニューと似ている。もっとも、ファミレスのほうがメニューに多少幅があるが。  しかし、あの夜以来、そのエンドレスメニューに少し変化が起こった。あの時、鏡の中に居た『誰か』――私の服を着て、私と同じ手をしていた。単純に、私がメイクしただけだと云うのは、頭ではよく解っていた。しかしそれだけでは済まされない何かが、私の中には生まれていた。ところが、何度鏡を覗き込んでも、そこには薄汚れた男の私の顔が在るだけで、あの恍惚とした『誰か』は居なかった。  あの夜以来、仕事帰りに呑みに行かなくなった。     
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