鏡の中に居る彼女

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私は変化を求めていたように思う。明確な理想のビジョンもないのに、取り敢えず変化さえ起これば私の日常は格段によくなると思い込んでいた。それほどまでに今の生活に嫌気が差していたわけだが、私は自ら変化を引き起こそうとはしなかった。何を変えればこの生活から抜け出せるのか、見当すらついていなかった、から。  私はある日、行きつけのバーでいつものようにスコッチを傾けて居た。あまり客も居なかったので、マスターと取り留めのない話をして過ごす。少しずつ杯を重ね、程よく酔いが回ってきた頃、彼女は現れた。流行を取り入れた落ち着いたファッションに身を包み、アタッシュケースのような大きな箱を手に提げて、入ってくるなり陽気に「マスター、いつもの」とだけ云ってカウンターに落ち着いた。 「いらっしゃい、アケミちゃん」  マスターも陽気さで返す。彼女は私よりも少し若いのだろうか。緩くカールしたショートカットが可愛らしい。 「はい、アケミちゃん、マッカラン十八年水割りね」 「有難う」  彼女はバカラのグラスに口をつけ、スッと傾けた。店内の薄明かりが、琥珀色の水割りを金色に映し出す。彼女の白い頬にはうっすらと赤みが差し、焦茶色に沈んだ髪とは対照的だった。     
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