0人が本棚に入れています
本棚に追加
その時々に出される彼女の指示に細かく応えながらも、彼女の吐息に、指先の感触に、怯えるほど胸が高鳴る。慣れないことをしていると云う緊張感や、こんなにも凝視されることへの羞恥心、それとは違う、何か別のうまくは云えない感情――
「さあ、出来た。お疲れさまでした」
私はありがとうございます、とだけ云った。出来たと云われても、自分の顔は見えない。
「やあ、流石だな。綺麗なモンじゃないか」
「でしょ、本当に女性みたいよね」
「服がスーツだから、男装したみたいだな」
私が困惑していると、あっ、ごめんなさいと云って、彼女は大きめの鏡を私の前に立てかけた。
バーの薄暗い店内、蛍光灯ではなく白熱球を用いるのは、女性の肌をより美しく見せるためだと聞いた。上品なBGMと囁くような会話の流れる通い慣れた空間で、私は初めて、もうひとりの私に出遭った。
四十年近く見慣れた、キメの粗い男の肌はなく、それは陶器のように美しく整えられていた。瞳は合わせ鏡のように奥深い闇を湛え、その闇を長い睫毛が縁取っている。モノトーンな瞳とは対照的に、頬も唇もうっすらと薔薇色に染められ、呼吸の度ごとにきらきらと震えた。
「どう?」
彼女が満面の笑みで私を見ていた。
「いや…どうって、何か変な感じです」
「キレイでしょ」
「私が男だと云うことを忘れていれば」
「ふふ、そうね」
そう云うと、彼女は満足そうに再びグラスを傾けた。
「洗って…きても良いですか」
最初のコメントを投稿しよう!