鏡の中に居る彼女

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その時々に出される彼女の指示に細かく応えながらも、彼女の吐息に、指先の感触に、怯えるほど胸が高鳴る。慣れないことをしていると云う緊張感や、こんなにも凝視されることへの羞恥心、それとは違う、何か別のうまくは云えない感情―― 「さあ、出来た。お疲れさまでした」  私はありがとうございます、とだけ云った。出来たと云われても、自分の顔は見えない。 「やあ、流石だな。綺麗なモンじゃないか」 「でしょ、本当に女性みたいよね」 「服がスーツだから、男装したみたいだな」  私が困惑していると、あっ、ごめんなさいと云って、彼女は大きめの鏡を私の前に立てかけた。  バーの薄暗い店内、蛍光灯ではなく白熱球を用いるのは、女性の肌をより美しく見せるためだと聞いた。上品なBGMと囁くような会話の流れる通い慣れた空間で、私は初めて、もうひとりの私に出遭った。  四十年近く見慣れた、キメの粗い男の肌はなく、それは陶器のように美しく整えられていた。瞳は合わせ鏡のように奥深い闇を湛え、その闇を長い睫毛が縁取っている。モノトーンな瞳とは対照的に、頬も唇もうっすらと薔薇色に染められ、呼吸の度ごとにきらきらと震えた。 「どう?」  彼女が満面の笑みで私を見ていた。 「いや…どうって、何か変な感じです」 「キレイでしょ」 「私が男だと云うことを忘れていれば」 「ふふ、そうね」  そう云うと、彼女は満足そうに再びグラスを傾けた。 「洗って…きても良いですか」     
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