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「浪崎さんは俺を知っているかもしれませんが、俺はあなたとは初対面なので。昔の話を懐かしく共有も出来ないので」 「あ……そうですよね。すみません、私……。」  隣で浪崎が俯いたのが視界に映った。入社初日でちょっとキツいことを言ったかもしれない、でも浪崎が傷ついたとかそんなことどうでも良かった。なぜなら必要以上に関わらないともう決めていたからだ。  翔大は俺のことを優しいとよく言う。でも俺は優しい人間なんかじゃない。表面上ただ優しくしているだけで、それは踏み込ませないためだ。誰でも人との壁のような物があるだろう、俺は普通の人よりそれがはるかに高いんだと思う。  もちろんそれを作ったのは俺自身だ。会社で壁のこちら側に来てもいいと思えるのは、翔大くらいだ。荏原先輩はあくまで会社内での付き合いだし。  そんな生き方を止めろと親友は言うけれど、止める気はない。会社は問題なく生活出来る収入と、平和な一日を送るためだけにある。それ以上でもそれ以下でもない。  その日常を壊されてたまるか。教育係だから仕方ないが、それも永遠ではない。しばらくの辛抱だ。  車から降りると視線は腕時計に向けたまま浪崎に言った。 「もう昼休みに入りますね。休憩中は気楽に休んで下さい」  それだけ言って俺は社内へと向かった。自分の足音だけが響いているのが分かる。浪崎は後ろを着いてきていないのかもしれない。それでも振り返ることはしなかった。  女なのだから教育係も女性にさせるべきだったんだ。そうすれば、そのままランチにでも誘われて社内での居場所が作れる。  それか翔大のような奴なら、会話も弾んで楽しい車内だっただろう。でもこれが俺だ。恨むなら俺に教育を頼んだ部長を恨め。
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