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「あの……ずっと入社した時から、櫻木さんのことが好きでした。良かったら付き合って下さい」  昼休み同じ部署の女性からメモを渡され、言われた通りの場所に来た。会社の目の前には大きいとは言えないが、池のある公園がある。  緑に包まれたその場所は、俺の働く会社だけでなく、並ぶ他の会社の社員達の良い休憩場にもなっていた。そんな場所に突然知らない女性から、今日の昼休みに来て欲しいと言われたのだ。  その時点で何を言われるか、そんなことはもう分かっていた。そして何て答えるのかも。 「ありがとう。でも……すみません。好きな人がいるんです」  それを聞くと目の前に立つ女性は、悲しさからなのか俯き、風になびく髪の毛を耳にかけながら早口で言った。 「だ、大丈夫です。知ってましたから……ただ伝えたくて」  そう言うと軽く頭を下げて、その場から逃げるように走って会社へと戻って行った。その後ろ姿を見送りながら、俺は思わず溜め息をついた。 「好きな人、か……。」  どんな人かと聞かれれば、優しくて綺麗な人だと答える。いつもよく笑っていて、何事にも前向きに頑張る姿が素敵な人だと。  そんな女この世界中どこを探してもいない。 好きな人などいないからだ。いつからか、俺の口からは断る理由としてその言葉が出るようになっていた。  それはまるで呪いのように、俺の口からなんの躊躇いもなく出てくる嘘だった。
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