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「この店に求めるのはノスタルジーだ。コーヒーの煎れ方を学ぶのは構わない。経営なんてたいして勉強にならんから、それは別のところで学べ。ただ、店を真似したところでお前の店じゃないからな」
どうにも理想が高く完璧主義なところのある慶一郎を師匠はそう諭す。
「お前はお前とお前の店に来る客の店を作れ」
その言葉が慶一郎が甘味喫茶「うさぎや」を作る原点となっている。
もっとも師匠が言った「客」とは人間を想定していただろう。
彼は知るまい。
慶一郎が開いた「うさぎや」が今や神様御用達の喫茶店になっていることを……。
「お兄ちゃん、行ってきます」
妹の愛歌を慶一郎も裏口から出て見送る。
「自転車、気を付けてね」
「お兄ちゃんは心配性だな」
少し困ったように愛歌は笑う。
「私、もう高校生なんだけど」
「僕にとってはいつまでも妹なんだけど」
年が離れているからか、2人だけの家族だからか。ともかく兄・慶一郎と妹・愛歌の仲はすこぶる良い。
こうやって見送るのも、いつものことだ。
「もう、お兄ちゃんはいつまでも私を……」
自転車を押しかけて表の通りに出たところで、愛歌の足が止まった。
「お兄ちゃん」
促されて、慶一郎は店の入り口を見る。
「まただ……」
慶一郎は入口の前に無数に落ちているそれを拾い上げた。
金平糖だ。
黄色、赤、青、白。カラフルな金平糖がばらまかれている。
「お兄ちゃん……」
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