プロローグ「境界線上の吸血鬼」

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 乗り込む予定の屋形船の側に戻ると、あと少しで全ての荷物を積み終えるというところだった。錦できらびやかに飾られた船の中へ、数人の男たちが上等な織物や我が国随一の陶芸家の手による壺といった貢物を運び入れていく。船にしろそこに載せる品にしろ、小国ながら国の面子を保つために豪勢に揃えられている。中にどういう品が入っているのか随分重そうな大きな黒檀の箱を船に載せようと男たちが二人がかりで四苦八苦しているところを僕がぼんやりと見ていると、作業を監督していた船頭の一人が「珍しいですか」と、声をかけてきた。 「?……はい」 いまいち彼が何について「珍しいですか」と聞いているのがわからず、曖昧に頷く。と、その船頭は荷物を運んでいる男たちを指差した。彼の人差し指の向こうで濃い茶色の髪と目をし、色鮮やかな貫頭衣を着た屈強な男達が黙々と働いている。 「彼らはギス族という少数民族です。ケイロン山脈の奥に住んでいるのですが、たまに一族の男達がこのキトの町で力仕事をしたり市で品物を売りに下りてくるくらいですから、都にお住まいの方は見たことがないんじゃないんですか」 「ギス族……ああ!確かに名前は前から聞いていたのですが、実際に目にするのは初めてです。確か200年程前に元々住んでいた土地を追われ、我が国に逃れてきた……しかし豊かな平野部には既に我が国の人工の9割を占めるヒシュウ族が定着しており、人の手が入っていない国境付近の山々に住まうことになったはず。彼らは僕らの一族とは宗教も慣習もかなり異なっていて、男達は戦ともなれば強靭な戦士として有名、女達の手織の織物はその美しさが都でも評判で……」 「お詳しいんですね」 船頭が困ったような顔をしてやんわりと遮るものだから、僕は慌てて口を閉じた。彼にとってみれば仕事の合間のほんの雑談のつもりだったのに、予想外に僕がとめどないおしゃべりを返してきたものだから戸惑ったのだろう。悪い癖だ。自分の関心がある分野について話を振られると、相手の反応もお構いなしでついつい熱を込めて長々と話してしまう。こんな出発直前の皆が忙しなく動いている時にすることじゃない。現についに荷物が積み終わり、長兄が向こうで僕に別れの言葉をかけようと手招いていた。
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