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隣を見ると、彼は僕の方ではなく何もない水面に目を落としていた。着物の裾に半ば隠れた手が、あんまり強く握りしめているものだから白くなっている。僕は何も見なかったふりをして、
「うん……そっか」
とだけ曖昧な言葉を返した。
「ユリ様だって、可能ならばキトまで見送りに来たかったとおっしゃられていたでしょう?」
「さすがに彼女は都を離れるわけにはいかないだろう。仕方がない。でも、大丈夫だよ」
無意識にうなじのところで髪を結えている朱色の組紐をいじる。
「きちんとお別れは済ませてきたから」
先程出発したばかりの河港が、国境の町キトが見えなくなっていく。離れて行く故郷の姿を最後にしっかり目に焼き付けて背を向けた。感傷に浸るのはここまでだ。僕は前に進まなきゃいけないんだから。
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