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川より広く
「おい。真面目に仕事しろよ」
放牧中の牛を追いながら、私は同僚に注意した。
上司の目が届かない職場の特権とばかり、同僚は最近付き合い始めた農家の娘を呼び出してイチャイチャしている。遠距離恋愛中の目には毒だ。
「彼女は七夕の短冊を集めに来たんだよ。ホラ、おまえの分。いつものアレ、書くんだろ?」
私は素直に短冊を受け取った。願い事は決まっている。『七月七日の夜、晴れますように』だ。
「一年ぶりだろ? 楽しんでこい」という同僚の隣で、農家の娘が「でもぉ」と声をあげた。
「七日の夜って雨だよねぇ?」
見せられたのはスマホの、一週間天気予報。見ないようにしていたのに、ちくしょう! そして、今年は雨か!
「いや、ちょっとぐらいの雨なら、カササギは橋を架けてくれるから大丈夫さ」
強がりを言いながら短冊を娘に渡すと、私は仕事に戻った。
便利な世の中になったのはいいが、情緒がない。昔は天気がわからず、ハラハラドキドキしたのに。
雨が降っていても、お互いに一縷の望みを託して天の川まで行ったものだ。奇跡的に橋が架かり、彼女の顔が見えた時の喜びと言ったら……。
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