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保健室には魔女がいる――という噂を初めて聞いたのは、僕が高校生になってすぐの四月上旬のことだった。
それから早くも一年が過ぎて、高校では二度目の春を迎える。
窓外には満開の桜が桃色の存在感を示しながら幾度も風に揺れ、ともに花びらを周囲に撒いている。少しして夏を迎えれば今度は緑色の葉を纏い始め、まだ終わりではないと威張るだろう。なぜ一年に一度桃色の花を咲かせて、後は緑であったり、裸であったりするのだろう。最盛期を終えたなら、後は繕おうともせずにすぐさま禿てしまえばいいのに。
そんなまさしく桜の知識の欠片もない、木にしてみれば酷く理不尽なことを考えながら僕は保健室に向かっていた。
僕の通う県立高校の保健室は一階の一番端に位置していて、割と行くのが面倒だった。そのせいか、この高校の男子は体育なんかで怪我をしても保健室へは滅多に行かない。それどころか、保健室の場所さえ失念していたりする。
実際の話、保健室へ行っても精々消毒をして貰うか絆創膏を貰える程度であって、それだけなら自分やクラスメイトが道具を持っていたりするし、それで手に負えないのであればそれは病院の案件だから、学校にやれることはあまりないだろう。
ただ女子は男子よりも保健室へ通う人の割合がいくらか多い。というのも、みんな知っている通り、女子には男子と違って色々あるそうなのだ。これ以上言うとセクハラになってしまったりするのかもしれないけれど。
そんな人口密度が校内でも有数に低い(空き教室は除く)保健室へと僕は到着した。
曇りガラス向こうに黒い影があるのがわかる。おそらく彼女だろう。
魔女だ。
扉に手をかけて、横に引いた。すんなりと移動する。音は殆ど生まれなかった。
「あら。今日も来たのね」
「ええ。今日も来ました」
彼女――茜さんは窓の向こうの桜の木を見ていた。僕が見た黒い影は彼女の腰……いや、臀部近くまで伸びきった(まさしく伸びきったと言えるほどの)黒髪であった。
どうして来たのが僕だとわかったのだろう?
「窓に反射してあなたのアホ面が映っていたから」
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