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茜さんの眉がぴくりと動く。形のいい眉だ。指でなぞりたいくらいに綺麗な弧を描いている。整えている感は少しもない。自然に出来上がったと思われるそれは冗談抜きで芸術的に思えた。僕が茜さんを好きだから、少しは贔屓も入っているんじゃないかって思われるかもしれないけれど、そんなことはないはずだ。
まあこんなことを思う時点で既に贔屓目なのかもしれないけれど……。
「……いつまで私の眉を眺めているの?」
「……え?」
「終わったわよ」
「す、すみません」
あまりの集中力によって、茜さんの閉じていた瞼が開けられていたことに気が付かなかった。好きなことになら集中力は最大限に発揮されるって言うけど、まさしくそれだった。
居住まいを直して茜さんを真っすぐに見やった。彼女は足を組み替えて、窓枠に肘をついた。リラックスした姿勢で話を始める。
「まず、あなたが言った二つの不思議なこと」
茜さんは指を二本伸ばす。丁度ピースの形だ。カメラの前でピースサインなんて絶対にしなさそうな人がすると、いいものが見られた気分になる。
「この文面と桜のことを考えれば、まず名前を書き忘れたってことではないでしょうね」
「そうですか? 書き忘れってこともないわけじゃないと思うんですが……」
僕も書き忘れ自体は線として薄いとは思う。でも、ないってこともないんじゃないかな。恥ずかしい話、小学校の頃にテストで名前を書き忘れたことのある僕からしたら、そういうこともありそうな気がしてくる。
しかし茜さんは首を横に振る。
「文面に『桜の思い出を』『僕の机に』ってあるでしょう。つまり送り主からしてみれ
ば辻さんという子がその思い出を覚えてさえいれば簡単に誰かを特定できるはずなのよ」茜さんは続ける。「でも辻さんは覚えていない。これは一種の暗号の可能性が高い」
その通りかもしれないが。
そこまで言って、茜さんは手を振った。お手上げだとでも言うように。
「どうしようもないわね」
「……は?」
「だから、どうしようもないわ。だって暗号があって、でも解けるのはその辻さんだけなんだもの」
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