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水鏡の池は、姫のいる城の敷地内にある。
大きな城門の番人に名を伝えると、案内人が2人、六三郎の前と後ろについた。
静かな中に、虫と蛙の鳴く声と、3人の石を踏む音だけが響く…
池に近付く不安と沈黙に堪えられなくなったのか、六三郎が
「池を覗いたら、何が映るんでしょう?」と訊ねると、前を歩く案内人が「さぁ………?」と答え、
「何人くらい、見たことがあるんで?」
「……どうだったかな…」
などと、少しの問答が交わされた。
本丸を越えた右手に、その池はあった。
案内人が「此処です。」と、手を差し示した先に、大きな鏡のような水面が見えた。
ごくり…、と、六三郎が唾を飲み込んだ音が辺りに聞こえたろうと感じるほどの静寂で…その静寂に呑まれそうな思いになった六三郎は、両手を握り、目一杯に力を込めた。
「よし!」と、声に出して気合いを入れ、池に近付く。
池の左端から右へと、ゆっくり首を動かして全体を見渡した。
おどおどと、少々ぎこちない動きの六三郎の様子を、案内人たちは後方で静かに見守っている。
池には、幾つか睡蓮の葉があった。
その中の一葉に、小さな蛙が乗っている。
……これか?と、六三郎は心の中で呟いた。そして、
片腕の袖を ぐいっと捲し上げ、そーっと身を屈め……ヒュッ、と風を切る音をさせた掌に、蛙が優しく握られた。
振り向いて 二人の案内人を見た六三郎は、ひと時 黙り込み、小首を傾げた。やがて徐に
「…あのぅ、姫様に見せるのは、蛙で宜しいんでしょうか…?」
二人は互いを見合い、先を歩いて来たほうの案内人が答えた。
「何が正しいかは、聞かされてないゆえ。…行きまするか?」
案内人の言葉に 六三郎は、蛙を見てから「へえ。お願いします。」と会釈をして、キリリとさせた顔で背筋を正した。
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