0人が本棚に入れています
本棚に追加
六三郎が廻る思考を言葉にできずにいると、その沈黙を姫の声が止めた。
「此度は、本当に、大義であったな。
お礼に…この城の主になるのは、どうじゃ?」
「え!?」
――――――――これは、姫様と夫婦になるという意味か?
…いいや、落ち着け。そんな大それた事を、姫様一人で決められる訳ねぇ。
「あのぅ…その、」と、口調がまごついた六三郎は、右手の平で額を拭った。こめかみから流れた物が汗なのか、池に潜った時の水が滴り出たのか、六三郎にはわからなかった。そんなことより、紡ぐ言葉選びに集中していた。
「あ…主ってことは、その、やっぱり…その、姫様と夫婦になるという…」
元より口下手な上に、言いにくいことを、やっとの思いで六三郎は伝えた。
「そうでは ありませぬ。
貴方の御陰で、やっと、妾は此処から離れることができるのじゃ。
それを成し遂げた其方には、城主になる権利がある。」
「………有難い話ですが、城主だなんて、器じゃありませんので。」と、六三郎は肩を上下させて深く礼をした。
「欲の無い…。」
姫はその言葉を、どんな表情で呟いたのかは六三郎には見えず、声の色で察するのみだった。
―――――欲ならあるさ。
城から離れたいなら、此処を出て一緒に暮らしませんか…と、言えりゃあな…。
「本当に……良いのか?
城の他には、変わりに差し上げられるような物は ありませぬ。」
「へえ。姫様が居ないんじゃ、城に住む意味も価値も、ありゃしません。
…行きたい先は、決まってるんですか?」
姫は、晴れやかな清々しい笑顔で「はい。」と、頷いた。
「次の城主が居ないなら………
此れにて、つまらぬ遊びも終いじゃ。
長かった…。」
―――つまらぬ遊び?
「堅苦しいのは、もう良い。
妾とて、元はそこいらの馬の骨じゃ。
…六三郎殿…、顔が見たい。」
「いや…しかし…」
「面を上げよ。」
最初のコメントを投稿しよう!