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六三郎は、呼吸を整え、顔を上げた。
姫の美しさに見惚れた六三郎は、付き人たちが控えていることを忘れ、姫と2人だけの空間に浸った。
姫が話す姿をじっと見つめ、言葉に耳を向けた。
「次に生まれ出逢う時があれば…
其方のような御方と結ばれれば、幸せでありましょうなぁ。
見つけてくれたのが其方で、本当に良かった。」
噛み締めるような姫の口調から、沁々とした思いが、六三郎の胸にも伝わってきた。その言葉が何よりもの褒美だと感じ、六三郎も表情が和らいだ。そのことを巧く言葉に出来ず、照れながら頭を横に振った。
「御別れじゃ……。」
「あ。これは、随分と長居してしまいました。」
―――そうさ、姫様から帰れとは言えねぇのに。なんて野暮なんだ。………ん?
妙な音がして、六三郎は音の先に目を向けた。
すると、たった今まで話をしていた姫君の姿が、砂のようにさらさらと風化して崩れ落ちて行く。
駆け寄り支えようとした六三郎の両腕に、菖蒲色の艶やかな着物がぱさりと乗った。
―――――――姫様。
こういうことだったのだと、納得した。
謎めきながらも、人間でないことは察していたから恐れは湧いて来なかった。
只あるのは、愛しさだと……胸元に着物を引き寄せた六三郎の姿を見ていた者は思ったに違いない。
しかし、付き人たちも砂のように風化して、着物もろとも崩れ落ちた。
梁の軋む音に、六三郎は息を飲んだ。
そう、城そのものも風化してるのだ。所々の木材は朽ちていて、埃がかかり、蜘蛛の巣まで張られている。
まるで何年もの間 時を止めていて、それが一気に一瞬で流れたような、異様なものだった。
六三郎は、いっそ狐に化かされたんならいいと思った。
姫と謁見していた時より冷静で、辺りを見渡しながら、「此処が一階で良かった。」などと考えていた。
気づけば、朽ちて格子の外れた窓から 月明かりが差し込んでいる。
「さて。行きましょう。」
姫の着物とこうべを大事に抱え、足場を慎重に探りながら歩き、城を出た。
大きな城門の左右には、やはり風化した門番の姿が残っていた。
門は歪み、動きそうにない。隙間をぬって表の道へ出た。普段の見慣れた軒並みや木立に ほっとして、くるりと振り向いた。月夜の中に、朽ちた古城が不気味にそびえている。
抱えて来た物の無事を確認し、城を後にした。
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