Ⅰ章 With you again.

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 そんなある日、俺はバスケ部の先輩にたまたま校内ですれ違った。瑞貴は先輩に会うたびに挨拶をしていたから、その人がバスケ部の人ということは直ぐに分かった。  あの、と声をかけると先輩は思い出したかのように少し目を見開いて俺の方へ一歩近づいて言った。いつも野々原と一緒にいた奴じゃないか、と。先輩も瑞貴といつも一緒にいた俺のことを憶えてくれていたみたいだった。  もちろんその先輩に俺が聞きたいことは一つだけだった。瑞貴は、野々原瑞貴は何か言っていなかったか。  先輩の答えは、ノーに等しかった。  退部届は夏休み期間の部活中に出された。理由は『ついていけなくなってしまったから』だったそうだ。瑞貴は運動ができなかったわけじゃない。まずできなかったら、入部していないだろうし体験入部をして自分でもできると思ったから入部したはずだ。瑞貴はそういうやつだった。  でも、これだけの情報で分かった事があった。夏休みの間から、もう瑞貴は学校からいなくなることを覚悟していたのかもしれないということだ。  でも、そんな少しの情報しか持っていなかった俺の心に帰りのホームルームは深く突き刺さった。そして俺はこのホームルームが一生忘れられないものとなった。 「野々原瑞貴くんが転校しました。」  担任は確かにそう口にした。  おかしい。だって俺は何も瑞貴から聞いてない。そんなはずはない。瑞貴が俺に何も言わないでいなくなってしまうなんて、そんなはずはない。  ――きっと数日前の俺ならそう断言できた。  でも瑞貴は俺の前から姿を消し、連絡手段を断ち切り、家にいるのかそれすらもわからないこの状態で俺にはそう言い切れるだけの根拠がなかった。
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