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4階まで上がった曲がり角で、先生とぶつかった。
「うわっ!」
驚く僕の腕の中でぐらりとテキストの山が傾く。
慌てて手で支え直すも間に合わず、数冊滑り落としてしまった。
「おっと悪い。大丈夫か?」
顔を上げると別の数学教師だった。
ずり落ちた眼鏡をかけ直すと、テキストを拾ってくれる。
「すみません、大丈夫です」
ばらばらと散らばったそれを2人して拾い集めながら謝った。
1冊だけ階段の下まで落ちていた。
埃を払ったが角は曲がっている。
僕のものでは無いのは確かだ。
やっちゃったな、と裏の名前を見た。
『橘 雪乃』
細くて綺麗な文字を指でなぞる。
字は人柄を表す、なんて言うけど本当にその通りだと思った。
初めて出会ったのは高校の入学式。
新入生代表の挨拶をする彼女に、僕は酷く心を奪われた。
色の白い肌が照明に照らされて輝く。
凛とした強さの中に、儚さを含んだ表情が綺麗で目が離せなくなった。
一目惚れ、というのだろう。
心臓が跳ね、うるさいくらいに鼓動が早くなる。
やっと出会えた。
心が歓喜に打ち震えるような気がして肌が粟立つ。
彼女とは初めて出会ったはずだった。
なのにどこか懐かしくて、胸が苦しくなる。
「あの子、めっちゃ美人じゃね?」
前に座る生徒が声を潜めて隣に話しかける。
彼女に心を惹かれたのは僕だけじゃないらしい。僕はその他大勢のうちの1人に過ぎなかった。
橘 雪乃、と心の中で小さく名前を呼ぶ。
それが高校に入って初めて覚えた名前だった。
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