序章

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序章

                     〇 膝を曲げ、朝靄を揺らすように腰を下ろす。目の前に来た瑠璃色の紫陽花から仄かに雨の匂いがした。 観光街と言えど、廓どころか居酒屋すら数えるほどしかない鎌倉の朝は、日中の喧騒が嘘のように静かだ。 穏やかな川のせせらぎにうぐいすのさえずりが合わさる。 静かなのは、この場所が郊外からさらに一本道を外した位置にあるからかもしれない。私は自嘲的に口角を上げた。 それでも私はここが好きだ。  鎌倉八幡宮から東側に出て国道を歩く。観光街が次第に住宅街に変わり、人々の喧騒よりも車両の交通音が勝るようになっていく。観光客が迷い込まないように置かれた『この先行き止まり』の看板を無視して脇道にそれる。乗用車が通れるか怪しいほどの細い道を抜けると途端に人気が消えて涼しげな瀬音が来るものを包みこむ。そのすぐ左手に濃い浅葱色の小さなアパートがあり、砂利の駐車場を隔てて向かい正面に幾つものの紫陽花が群生している。 関わりの無い者は足を踏み入れない程度の奥地故に人の往来はほぼなく、川辺故に空気は澄んでおり、連なり咲き乱れる色とりどりの紫陽花はどれも美しい。 人差し指で花弁弾く。     
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