ある部屋にて

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 怒りか恐怖のせいで手が震える。思いついた挑戦を試しては挫かれる。何度も何度も否定してくる現実に、頭がおかしくなりそうで、耐え切れず男は奇行に走り始めた。  まず衝動のままに男は頭を壁に打ち付けた。しかし壁はほのかに柔らかい素材になっており青たんができる程度しか傷つけられなかった。  次に男はあらん限りの大声で歌ってみた。下手くそな歌に喉が痛んだだけだった。  次に男は呼び出したフォークを飲み込もうとしたが幼児にも使えると評判の柔らかいそれは噛むとゴムみたいにグニャグニャして飲み込めなかった。  次に男は本を食べてみようとして、吐いた。  最後に男はペン先を自分の喉元に突き刺そうとして、怖くて手が震えてしまい、できなかった。  男は孤独の苦しみに死ぬことも出来なかった。  何をしていいかわからなくなった男は壁に内蔵された対話用カメラに向かって叫ぶ。追い詰められた男の八つ当たり先は普段ろくに信仰もしていない、教えもよくわかっていない神に向かってだった。 「なんで私をこんな目にあわせるんだ!?このカメラはお飾りか!?こんなおもちゃじゃ見えないというのなら私の目を使って見ればいい!どれだけ私が辛いか見てみろ!涙の熱さくらい、わかるだろう!?」  心の底から不幸への罵声を浴びせるも、何も変化は無い。 「私の涙すらわからないのか…」  男は泣きながら以下の文章を、本の裏表紙に書きなぐった。今の男には居るか居ないかもわからない神しか頼れるものがなかった。 『あなたがどれだけ偉大だろうと、私には遠すぎて有り難い説法の一つも胸に響いてこないのです。私が求めるものは下らない事を、時には不謹慎なジョークの言える隣人なのです。私は確かに、底の浅い人間なのかもしれません。もしかしたら罪深いのかもしれません。  でも……誰だってそうでしょう?こんな苦しみを味わうほどでしょうか?』  苦しみを表に出すとさらに悲しくなって男はわんわん泣き出した。  そして部屋から出られないまま、半年が過ぎた。
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