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そのまま夕食の時間になってしまった。予定通り帰っていれば、妻の冷たい視線を浴びながら味の分からない料理を食べている頃だったろう。
(まあ、いい言い訳にはなるか…)
男は壁に向かって手を振る。そうすると壁に液晶画面が映し出され、テレビ、インターネット、食事など選択肢が表示される。迷わず食事を選び、様々なメニューを見て結局いつものカレーを頼むとすぐさま壁に四角い穴が開き、いつも食べているカレーが壁の一部を土台としながら押し出される。男がそれを受け取ると、カレーの乗っていた壁のでっぱりはヒュッと引っ込み一瞬で平らな壁に戻った。いつ見ても惚れ惚れするほど無駄がない。壁を見てもどこから出てきたのかはっきりしないさりげなさだ。
男は勢いよくカレーをかきこみ、空腹を満たすと多少は気分が落ち着いてきた。気づかれないものは仕方がない。明日の朝、誰かが出社すればさすがに対処するだろう。そう考えて、スプーンの柄で机を叩くと穴が開き、そこに空になった皿を投げ込んだ。皿は音も無く穴へ消えていった。
こういう時、この住環境が整備された部屋をあてがわれて良かったと思う。担当者は明らかに困った笑顔で、無理やり仕事を作って誰の邪魔をしないこの部屋に押し込んだという厄介者扱いではあったが。
(…ここでも邪魔者か)
男は間違いなく、この会社の成長に、社会に貢献した自信がある。しかし、今は誰からもありがたられることはない。いったい私の人生の努力は何だったのだろう?そんな疑問が頭に浮かぶ。
(やめだやめだ。誰だって、老いたら邪魔者扱いされるものだ)
私だけじゃない、と言い訳をしつつ男は備え付けのシャワーを浴び、プライベートの為擦りガラスに囲まれたベッドに横になった。
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