青木と石井

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青木と石井

「いらっしゃいませ。」  ドアベルの軽快な音と共に、バーテンダーが顔を上げて静かに挨拶する。高倉は、押しつけがましくない程度の微笑みに好感を覚えた。 「あ、青木さん。もう来てたんですか?」 「そりゃ、私のことを祝ってくれるというのに、遅れちゃ悪いからね。」  カウンターの端の席に座る青木が、少し照れるように笑いながら水滴がついたグラスを軽く持ち上げた――グラスの向こうに、ずんぐりした形の緑のボトルが見える。 「青木さん、またペリエですか?今日くらい飲めばいいのに。」 石井は笑いながら言うと、青木の隣に座る。高倉は青木の反対隣りに座った。 「いつ産まれるかわからないのに酔っていられないだろ?不妊治療でやっと授かった子なんだからさ……。」  青木は今年で43歳になる。子宝に恵まれず不妊治療を続けてきたが、医療費を払うことができなくなったのでマンパワーコーポレーションに入社し、エネルギー供給課に配属されたという。この街では、すべての医療を無料で受けることができるからだ。 「石井さんは子ども、作らないの?」  高倉が注文した焼酎の水割りと石井が注文したジンジャーエールが届いたタイミングで青木が言った。石井と高倉は36歳で同い年。高倉には2人の息子がいるが、石井には子どもがいなかった。 「うちは……カミさんが心臓悪いですしね。それに、このご時世ですから……。」  ご時世――石井が言っているのは、半スラム化しているエリア外のことを指しているのか、あるいは、この街で育つ子どもの将来について言っているのだろうか。  エネルギー供給課に所属できるのは45歳までという規定があり、45歳までに「昇進」できなければ社員、家族共に街の居住権を失うことになる。 一方、「昇進」が決まると社員は街の中心にある特別部署に異動するため、家族と二度と会うことができなくなるが、多額の報酬と家族の身元保証を受けることができる。  ただし、子どもの身元保証は22歳までと定められており、その時点でエネルギー供給課への所属が決まっていないと、エリア外へ転出しなければならない。 「まぁ、強制ではないとはいえ、この街で育った子どもがエリア外で生きていくのは難しいから、ほぼ確実にうちの課に来ることになるからな……と、話していたら2世のお出ましだぞ。」
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