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ぱかっと開けると、ぽってり甘く香ばしい匂いが立ち上り、てりてりツヤツヤのうな子がその身を横たえている。
(ニャアァァァァァァァ)
と伊緒さんが小声で叫び、二人してひこひこと鼻をうごめかせてしまう。
お行儀がよくないとは分かっていながら、どうにもやめられない。
"これはうまいヤツだ"と本能がアラートしているので思わず居ずまいをただし、二度目の「いただきます」を一緒に唱える。
箸を入れた瞬間、ふわっとろっ、としたうなぎにしかない食感がすでに指先に伝わってくる。
たっぷりタレがからまったご飯といっしょにほおばると、香りのままの甘辛さとこってりした脂の旨みが、口いっぱいに芳ばしく広がった。
とても魚のそれとは思えないほどのパンチ力は、まさしく夏をのりきるスタミナを凝縮したかのようだ。
ときおり肝吸いを口に含んでさっぱりしつつ、しこしことした肝の歯ごたえも楽しい。
香の物には、伊緒さんの好きなパリパリの奈良漬けが添えられていて、甘く上品な酒粕の香りと味が素晴らしい口直しになってくれる。
関東と関西でのうなぎの開き方や調理法の違い等々、いろんな薀蓄を仕込んできたものの、食べるのに夢中になってすっかり忘れてしまった。
「晃くん、めちゃくちゃおいしい」
「そうですか。よかった」
ぼくがつくったわけでもないのに、なんだか誇らしい気持ちになる。
伊緒さんに喜んでもらえると、ぼくも心から嬉しい。
「ありがとう、晃くん。すごくぜいたくをさせてもらいました」
伊緒さんがぺこりとお辞儀をして、あらためてお礼を述べてくれる。
めっそうもない。感謝の気持ちを伝えたいのはこちらのほうだ。
こんなに喜んでくれるなら、ぜひまた一緒に食べに来たいものだ。
再びのれんを分けてお店の外に出ると、強猛な太陽がくまなく世界を焼いている真っ最中だった。
一瞬身構えたものの、
「あれ?なんだか来る前より平気かも」
そう言って、伊緒さんが不思議そうに空を見上げる。
そういえばなんとなく、この暑さにもさっきよりは気迫負けしていないような気もする。
「きっとうなぎ食べさせてもらったからだわ。うな子すごい!ようし、暑さに負けず、わたしもおいしいものつくるからね!」
真っ白に見える夏の陽射しの下、伊緒さんは元気いっぱいにそう言って、弾けるように笑った。
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