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伊緒さんとネコさんたちとのお別れは、自然に訪れるだろう。
そんな予測の通り、やがてネコさんは引っ越していったようだった。
それというのも、いつものように様子を見に行った伊緒さんが、ほどなくしょんぼりしてとぼとぼと帰ってきたからだ。
きっと巣はもうもぬけの殻だったのだろう。
でも、それから2日ののちのことーー。
雨が強く降っている日のことで、こりゃあ食材の買い出しにも行けないなあ、と思っていたとき。
伊緒さんがふいに、何かの気配を察知した子鹿のようにぴんっ、と耳をそばだてた。
ぼくの耳にも、なにやらか細い鳴き声のようなものが聞こえる。
止める間もなく外に飛び出していった伊緒さんは、ほどなく全身びしょびしょに濡れて帰ってきた。
驚いてとりあえずタオルを取りに行こうとしたぼくを引き止め、彼女は大事そうに胸に抱えていたものをそっと解き放った。
手のひらに乗るような黄色いモコモコ。
小指ほどのしっぽ。
ピンクのへの字口。
それは小さな小さな、茶トラの子猫だった。
ビー玉みたいな目でふるふるとぼくを見上げて、
「にー」
と、思いのほか力強い声でひと鳴きした。
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