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かつてわらびもちとは、その名の通り山菜で有名なわらびの根からとれたでんぷんでつくられたという。
その歴史は古いと考えられており、平安時代の醍醐天皇が好物だったという言い伝えがある。
本物のわらび粉を使った古式のわらびもちは、真っ黒な色をしていてとんでもなくぷるんぷるんなのだそうだ。
まだ食べたことはないけれど、ぼくは畏敬の念を込めてそれを「真・わらびもち」と呼んでいる。
現代の透明なわらびもちは、さつまいもやタピオカなんかのでんぷんでつくられているが、涼しげなその姿はそれはそれで風情のあるものだ。
「冷ゃっこくて、もちもちして、ほんのり甘くてすごくおいしい!」
伊緒さんはわらびもちをたいへん気に入って、喜んで食べてくれた。
実際にジェル状の素材が身体の熱を吸収して、涼味を感じるのだという説もあるらしい。
「そうだ!晩ごはんは鶏肉を"くずたたき"にしましょう!口当たりもいいし、夏らしいものね!」
おお、わらびもちがメニューのヒントになったみたいだ。さすが伊緒さん。
と、感心していると、それまで伊緒さんのひざの上からテーブルに前足だけかけておとなしくしていた子ニャーが、わらびもちにちょっかいをかけはじめた。
ぷるぷると思わせぶりに揺れるので、ネコの本能を刺激するのだろう。
ついにわらびもち目掛けてネコぱんちを繰り出そうとしたその時、
「こらあっ、コロ!だめでしょや!」
と、伊緒さんにつまみ上げられてしまった。
にんげんのたべもので、あそんではいけません。
こんなものたべたら、のどにつっかえてしまいますよ。
いつもの通り、一語一語懇切丁寧に言い含めている。
「にー……」
子ニャーはうなだれて、神妙なフリをしつつもちゃんとそれを聞いている。
なんて平和なんだろう。
ゆっくりと、真夏の午後は過ぎていく。
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