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〆た雀鯛や桜えびなども使われるけど、やっぱり鯖と鮭がぼくにとってはなじんだ味だ。
伊緒さんに「さあ、食べて食べて!」とすすめたはいいものの、お茶を買い忘れていて、発車までの間に急いで買いに出た。
戻ってみると彼女は幸せそうに目を細め、もっふもっふと咀嚼していたので「ああ、お口に合ったんだな」と安心したのだけど……手に何か持っている。
よく見るとそれは柿の葉の軸部分で、葉脈だけきれいに残して葉っぱごと食べてしまったのだった。
ぼくたち地元の人間は、柿の葉はあくまでパッケージと考えて食べることはない。
けれど他地域の方が柿の葉寿司を初めて目にした場合、葉っぱも一緒に食べてしまう事が少なくない。
もちろんだめな訳ではないけれど、ちょっとかたいのであんまりおすすめはしていないようだ。
「葉っぱたべちゃった。でもおいしい!」
伊緒さんは照れ笑いしつつ、2個目はばっちり葉を剥いて召し上がった。
でも改めて見てみると、本当にうまくできた料理だと思う。
柿の葉は防腐効果や殺菌作用もあるというし、すごく機能的な天然のラッピングだ。
「でも柿の葉っぱって、パリパリしてそうだけど、どうやってやわらかくしてたんだろう」
おお、伊緒さんが構造を分析しはじめたぞ。
「昔は塩漬けにしてたらしいですよ。初夏に大きくてやわらかい葉っぱをとって、柿の葉寿司用に保存したとか」
子どもの頃に近所のおばあちゃんから聞いたことだ。
「へえぇぇ!いまだったら冷凍保存もできそうね。うちでもつくれないかなあ」
「柿の葉ならお庭にありますよ」
「えっ!うそ!?」
「実はまだ生らないと思いますけどね」
多分、前の住人が植えたか蒔いたかしたのだろう。柿の若木が育っていることに、その朝気付いたところだった。
生命力が強いので、存外に大きな葉を出すかもしれない。
「すごいすごい!じゃああとは、押し寿司用の木枠だけね!」
どうやら、本気で自家製の柿の葉寿司に取り組むみたいだ。
伊緒さんがお家で、この土地の郷土料理をつくってくれる――。
なんだか夢みたいなお話だ。
でもぼくにとってこの時からちょっとだけ、柿がありふれた植物ではなくなったのだろうとそう思う。
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