おばあちゃんのレシピ帳。少女時代の伊緒さんと、お料理の先生

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「いおちゃんと庭のハスカップをとってジャムにする。ヨーグルトにかけると喜んで、何杯もおかわりした」 「中学生になって、ダイエットなど始めたみたいだ。乙女よ、たくさん食べねば!」    そのレシピ帳はわたしが高校の寮に入るために祖母の家を出た、その日の朝食のことまでが記されていました。  でも、まだ続きがあるようです。  さらにページをめくると、こんなことが書かれていました。  "大人になったいおちゃんは、誰かのためにごはんをつくってあげているのかな。  そのときは、考えてみて。  今日は暑かったかな。寒かったかな。  あなたの大事な人は、疲れて帰ってくるのじゃないかな。  ある時はいっぱい汗をかいて、ある時は凍えて帰ってくるのじゃないかな。     その様子をちゃんと見極めて、料理の味付けは最後に決めるのよ。  「塩少々」の加減ひとつで、明日もがんばれる魔法がかかることもあるから。  これがおばあちゃんの、レシピのすべてです"  胸がいっぱいになったわたしは、そして最後のページをめくりました。  そこには真ん中にひとことだけ、  "準備は?"  そう走り書きされていました。  わたしは初めて、声を上げて泣きました。  泣いて泣いて、またさらに泣いて、泣き疲れて眠りに落ちて、目が覚めた頃にはわたしの準備はできていました。  祖母のいない世界で、ちゃんと生きていく準備が。  大人になったわたしは好きな人ができて、幸せな結婚をしました。  祖母直伝の料理を彼が喜んでくれているのはもちろんですが、初めて挑戦するメニューや、特別な日の一皿には気合が必要です。  そんなとき、耳に残る祖母の声が、いつもわたしを励ましてくれます。 「いおちゃん、準備は?」  わたしは思わず顔をほころばせ、 「おーけーだよ!おばあちゃん」  腕まくりをしてそう応え、元気に料理を始めます。
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