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「いらっしゃいませ」
ムーディーに落とした薄暗い照明のなか、マスターがいた。
マスターというのはつまり、髪をオールバックに束ねてワイシャツに黒エプロンを身に着けた伊緒さんだ。
どっからもってきたのか、立派な口ヒゲまでくっつけている。
「お好きな席へどうぞ」
小さなカウンターキッチンの向こうから、低く抑えた声ですすめてくれる。
が、もちろん席はひとつしかない。
ふとカウンターの隅をみると、ルームランプに巻かれた紙に流麗な書体で、
「缶詰バー io」
とある。
……ははあ。
こうきましたか、伊緒さん。
「いつものでよろしいですね?」
"マスター"がそう言って、ぷしゅこんっとハイボールの缶を開ける。
あっ、缶詰バーだからお酒も缶なのですね。
氷の入ったグラスに注ぎ、とん、とぼくの目の前に置いてくれる。
間髪入れずに取り出したのはサバの水煮缶だ。
ぺきょりり、っとフタを開けて中身をガラスの小鉢に移し、お醤油とオリーブオイルをさあーっとかけ回す。
さらにぱっぱっぱ、と粗挽き黒コショウをふりかけ、フォークを添えて黙って差し出してくれる。
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