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ぼくはすっかり嬉しくなって、マスターと何度も乾杯しつつ夢中で食べた。
マスターもフォンデュをつっついたりサバをもふもふ頬張ったり、とても楽しそうだ。
「マスター、どれもすごくおいしいです。缶詰バンザイ!」
「そう、それはよかった。でもわたしは、缶詰を開けただけ」
と、そこへふいにチリリン、と涼し気な音が響いた。
「いらっしゃいませ」
マスターが即座に反応する。
え……お客さん?
「にー」
みると、首輪に鈴を飾った茶トラ子猫のコロが、ちょこなんと入り口におすわりしている。
「お好きな席へ。いつものでよろしいですか?」
マスターはそう声をかけつつ、コロに大きな猫缶を開けてあげている。
「ナントカ懐石風味」とあるので、きっとおいしいやつに違いない。
うにゃーふ、うにゃーふ、とよろこんで食べるコロにほほえみかけながら、マスターがしゅぱっと缶詰をひとつ手に取って、しゃーっ、とぼくの方へとすべらせた。
「あちらのお客様からです」
ぱしっと受け止めてラベルを見ると、それはツナ缶だった。
おお、人生初の"あちらのお客様から"だ。
いい気分。
「奥様と仲直りされるのでしたら」
マスターがふいに、おごそかな調子で語りだした。
ぼくはひゃいっ、と背筋をのばす。
「水族館にお連れするのがよろしいでしょう。大きなジンベエザメのいるところです」
ぼくはぽかんとして、阿呆のように聞き返す。
「……水族館……?」
「ええ、水族館です」
マスターがきっぱり言う。
「それと、フルーツパフェなどの甘味を食べさせるのもよいでしょう。なるべくたくさん果物がのったやつを、ですよ」
そうか、なるほど。
これはすばらしいアドバイスだ。
「わかりました。彼女と水族館に行って、フルーツパフェをごちそうします」
すっかり酔いがまわったぼくは、伊緒さんと仲直りするヒントをもらえたことに満足してハイボールをおかわりした。
「よろしい。夫婦円満をお祈りします」
マスターはとれかけていた口ヒゲをぺたりと貼り直し、はじけるような笑顔をみせた。
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