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15.帰宅
久しぶりの我が家! 立派な邸宅もいいけど僕らはまだ学生だ、大学の甘い生活が恋しかったんだと思う。そうだ、「甘い」んだ。頭の中が社会人からは程遠い。だからボブからの申し出を直視せずに暮らそうとしてる……
「ボブからの話だけど」
馴染み親しんだソファでコーヒーを飲みながらリッキーが口を開いた。
「フェルはどう思う? 考えた?」
「考えたって…… まだ遠い先の話だ、今は勉強が第一だよ。それでなくたって僕らは単位が足りてないんだ。そんな話早すぎるだろう」
「そうだけど。でもさ、フェルの海洋学が生きるだろ? 勉強だってその世界に進むためじゃねぇか。俺は……いい話だと思う」
「リッキー! まだ結論を出すのは早いよ!」
「なんで? 俺、フェルが怖がってるように見えるよ」
「怖がるってなんだよ!」
「フェル……」
「この話は終わり! 帰ってきた早々こんな話はしたくない」
「……分かったよ」
理不尽な話の切り方だと分かっている。僕は新しい道に目を背けているだけなんだ。こんなに簡単に飛び込んでいいんだろうか、夢のようなボブの誘いに。
それから一週間近く、その話には触れずに過ごした。リッキーもなにか言いたそうにすることがあるけど、黙っていてくれる。それが有難かった。
一緒に散歩をする。図書館に行って勉強する。バイトに行くにはまだ早いから、リッキーが運転してドライブに出かけたりした。
「な、母さんのとこに行ってみないか?」
「母さん? ……そう言えばずい分会ってないね」
「行こうよ! きっと母さんも会いたがってるよ!」
そういうわけで僕らは荷物をまとめて車に乗った。時間はまだたっぷりある。留年して良かったんだと今では思っている。
「ただいま!」
「ただいま!」
「お帰りなさい。ま、二人ともすっかり黒くなって。夏はバカンスにでも行ってたの?」
僕らのマリソルへの危険な旅を母さんは知らない。僕らに何かあったらきっと会えなかったに違いない…… 僕は母さんをぎゅっと抱きしめた。
「フェル? なにかあった?」
「ううん、なにも」
母さんの体を離す。笑顔を見せた。
「久しぶりだからさ。今日は母さんの手料理を食べたくって」
「任せて。来るって連絡をもらったからたっぷり買い物しておいたのよ」
「俺、手伝う!」
「お願いね、リッキー」
母さんとわいわい言いながら、リッキーは台所に向かった。
(相変わらず仲いいや)
リッキーにとって母さんはたった一人の『母さん』になったんだ。そう思うと少し鼻の奥がつんとしてくる。
「フェルじゃないか!」
「グランパ!」
「早かったな! もう着いたのか。ジーナに野菜を持ってきたんだよ。ジーナ!」
「グランパ!」
母さんより先にリッキーがグランパに飛びついた。
「元気だった!?」
「見た通りにな。お前も元気そうでなによりだ」
「うん! 俺元気だよ!」
「後で二人とも顔を出せ。ばあさんが喜ぶ」
グランパも本当に元気そうだ。
「行くよ。今日も離れを借りていい?」
「好きにしろ、あそこはお前たちのもんだ。じゃ、ジーナ。夕食はこっちで食べるよ」
「はい、待ってるわ。マリサにもそう伝えてね」
グランパは手を振って出て行った。
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