14.快方へ

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  「俺にはあり得ねぇくらい酷かった!」  寮の掃除からか帰ってきたリッキーが息巻いている。 「冷蔵庫の中身が腐る!? 聞いたことねぇや、そんなの!」 「ええ、結構あるだろ。ロイなんかもよく言ってたよ」  途端にひどいしかめっ面になった。綺麗な顔が台無しだ。 「有り得ねぇ…… ロイとはもう口利かねぇ」 「しょうがないだろ、ずい分家を空けてたんだから」 「だってマリソルに行った時だって!」  そこまで言ってリッキーは黙った。持ち出しちゃいけない話って言うのがある。僕たちの場合、それがマリソルだ。 「ごめん…… そうだよな、あん時は前もって冷蔵庫の中身処理してたんだった…… ごめん」 「……いいんだよ。さ、この話はおしまい! ありがとう、掃除して来てくれて」 「うん」 「気にするなって。僕はなんとも思っちゃいないから」  あの旅は……特にリッキーにとっては辛い旅だった。それがぽろっと口に出たということは、時間のなせる業なのか。少しはリッキーの中でも少しは軽くなってきたんだろうか。そうであってほしいけど。  僕は……風化するまでには時間がかかりそうだ。コカイン中毒は現実のものだから。 「今夜は食事会に僕も出るんだからそんな顔してないで。一緒に食事を楽しもうよ。僕は久々だから嬉しいんだ」 「うん……そうだな。俺もフェルが隣にいてくれんの嬉しい!」    食事は美味しかった! 一番美味しいのはやっぱりリッキーの手料理だけど、たまにはこんな風に二人で座ったままの食事っていうのも楽しい。 「フェル、少し興奮してるだろう。今日は早めにベッドに入った方がいい」  招待されていたDr.ハーベストにそんなことを言われて、僕は自分が興奮しているんだと知った。閉じこもっていた生活が、少しずつ明るくなっていく。深く空気を吸えるような、そんな気持ちが生まれてきている。 「はい、そうします」  散歩に食事会。まだこんなことで疲れるんだな…… 情けない、と思うことは止めようと思う。しょうがないんだ、今はゆっくり治していくしかないんだから。  ボブは明日からは普通に食事を楽しもうと言ってくれた。 「君に負担がかからない程度に。疲れている時は部屋でゆっくりしているといいよ。これまで通り食事を運ぶから」 「ありがとう。早く本調子に戻りたいよ」 「焦らないで。そうだ、図書室にこもるのはまだ早いって言おうと思ってたんだ。蔵書、持ち出したって構わないから自分の部屋で読むといいよ」 「ありがとう、助かる」  今の僕の気晴らしは散歩と読書だ。それだって度が過ぎると疲れが出てしまう。最近じゃリッキーに本を取り上げられることが増えてきた。 「明日! 続きは明日にして。ほら、さっさと寝ろよ」  そんなことを言われてしまう。 『二人の夜』も当然お預け。リッキーに済まないと思いながらも、まだそんな時期じゃないと分かっている。リッキーもおくびにも出さないから本当に申し訳ないんだけど。  そうやってまた一か月近くが過ぎて行った。僕は徐々に回復して行った。  
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