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十 記憶
お盆。
佐介と真理はともにみどり市の佐介の実家と太田市の真理の実家へ行った。
真理の実家でひととおりの挨拶をすませた佐介は、真理から聞いたアルバムについて、
「他に、アルバムについて知ってる事を教えてください」
と真理の母、小田佳子に尋ねた。
「真理に話した事だけよ。アルバムの写真に興味がなかったから、両親には何も訊かなかったわ」
「それなら、お曾祖父さんの若い時の、知っている事を教えてください」
「真理に話したことくらいしか覚えないわ。でも、どうしてそんなことを訊くの?」
「あのアルバムには、公になっていない旧日本軍の戦艦の就航時の写真と、沈没時の写真、沈没海域の記録があるんです。戦時中はどれも機密だったはずです。
お曾祖父さんの役職は何だったんですか?」
「詳しいことはわからない。私の母が、
『いつも、迎えに来る公用車の運転手に、祖母がコーヒーを持っていってた』
と話してたわ」
「いつの事ですか?」
「戦後よ。祖父は平の国家公務員だったけど、いつも市ヶ谷の官舎に公用車が迎えに来てた。当時の公務員官舎には、祖父より役職が上の人が何人もいたけど、公用車が迎えに来るのは祖父だけだったらしいわ。
母は運転手の立花さんに頼んで、休日に公用車でいろんなとこに連れてってもらったり、クリスマスツリーを買って家へ運んだり、ずいぶん立花さんのお世話になったと話してたわ。高度経済成長が始った直後で、良い時代だった・・・」
真理の母は、真理の曾祖父と祖母の事を、祖父、母と言って説明した。
「そういえば、母の話で妙な事が二つあったわよ」
佐介は真理の母の記憶に残っている妙な事がとても気になった。
「どんな事ですか?」
「一つは、母たちが帰省するんで、立花さんに車で東京駅へ送ってもらった時、駐留米軍のGIが、母と母の妹の写真を撮らせてくれ、と祖父に頼んだと言うのよ。
母と母の妹もおめかししてたし、母も母の妹もかわいかったから、東京駅のホームで人目を惹いてたのね。祖父はすぐに承諾して、二人の写真を撮らせたわ。祖父は一緒に写真を撮らせなかったので、母は、なぜなのかなと思ったと話したわ」
「曾祖父ちゃん、英語を話せたんか?」
真理は驚いている。
「あたしは知らなかったけど、通訳なしに何度もヨーロッパやアメリカへ行ってらしいわ。
英語だけでなく、東南アジアの言葉も話せたみたいよ」
「そんなこと、何も知らんかった・・・」と真理。
「そりゃあ、そうよ。祖父、つまりあなたの曾祖父は家で仕事の話はしなかったらしいわ。
お迎えの車で九時くらいに出かけて、五時くらいには帰ってきてたらしいの。母は、平でも国家公務員は暇なんだって思ってたらしいわ」
「その時期は、いつでしたか?」
「戦後何年も経ってからのことよ。母が小学校四年の頃、仙台に転勤になって、その一年後に都内に戻ってきたから、それ以前かしらね」
曾祖父は語学が堪能だったらしい。おそらく二か国語以上の外国語を話せたのではないだろうか・・・。
「妙な事のもう一つとは?」
「ある日の夜ね。祖父を迎えに来る公用車の運転手の立花さんが、警察署長に連れられて官舎に来たらしいの。
座敷に上がってしばらく話して、立花さんと警察署長は帰っていったの。何かあっても、警察署長が平の公務員の官舎に来ることなんてないでしょう。母は妙だと思ったらしいわ」
確かに妙だ。運転手が何か違反をして、警察署長と曾祖父が違反を揉み消したようにしか思えない。もしそうなら、真理の曾祖父は警察に顔が利く立場ということになる。
「他に何か覚えていることがありますか?」
「母が結婚前にヨーロッパへ旅行する時、
『パリは田舎町で狭いから、東京に慣れていれば、気にするほどのことはありませんよ』
と言ってたらしいわ。
祖父は何度もヨーロッパへ行ってたらしいけど、なにせ、祖父の事を何も気にかけない祖母だから、母が祖母に訊いても
『出張よ』
で終りだったらしいの。あたしのわかるのはこんなことだけよ。
何か参考になったかしら?」
「あのアルバムについて知っている人はいませんか?」
「祖父の知り合いは、皆、亡くなってるから、国会図書館にあのアルバムがあるか、問い合わせるしかないわね。あれば、アルバムが出来た経緯を聞けるでしょう」
真理の母は他に何かないか記憶をたどったが、何もなさそうだった。
「行くベ。国会図書館へ!」
真理がそう言った。
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