十一 国会図書館

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十一 国会図書館

 お盆明け。  真理の仕事が忙しくなったため、佐介ひとりで国会図書館へ行くことになった。  当日午後。  佐介は、国会図書館本館の利用者登録カウンターで手続きして利用者登録カードを作り、曾祖父のアルバムを所有していることを話さずに、インフォメーションの係員に、 「日本軍の戦艦のアルバムを収蔵しているか?」  と訊いた。 「少々、お待ちください」  係員はその場で電話連絡し、 「担当者が参りますから、しばらくお待ちください」  と言って、佐介はカウンター横のソファーではしばらく待たされた。  佐介は妙だと思った。たかがアルバムだ。収蔵しているか否かを訊いている。即座に答えられるはずなのに、この扱いはアルバムが極秘資料ということだ。担当官というのは捜査官のような者だろう。俺は危険人物と見なされたらしい。ここにいてはまずい。だが、事実を知る知るチャンスでもある・・・。  逃げ帰るか?それとも担当官がどうのような説明をするか、あるいは質問するのか、確かめた方が良いのだろうか?  佐介がそう思って迷っている間に、二人の警護官風の男が現れた。  クソッ、まずいぞ!こいつは文官じゃない!武官だ!取り調べする気だぞ!  男の一人が片方の口角をわずかに吊り上げて作り笑いを浮かべ、口を開いた。 「いろいろご説明しなければなりません。内閣府まで案内します」  こいつ、嘘を言ってる。俺をどこかへ連れて行って尋問する気だ・・・。 「俺は、曾祖父が持っていたと聞いたアルバムの事を知りたいだけだ。ここでわかるだろう?」 「いえ、ここではわかりません。内閣府まで来てください」  二人の男はソファーに座っている佐介の両横に立った。左右から佐介の腕を掴んで佐介を立ちあがらせた。二人とも佐介より背が低い。男は警護官風と言っても、鍛えられた佐介にくらべたら貧弱だ。 「離せ。手を触れるな」  佐介は習い覚えた合気道の小手返しで、二人の手を振りはらった。  二人は挙動不審だ。こんな事もあろうと思って、佐介はポケットの携帯を録音モードにしている。 「アルバムについて説明もさることながら、私どもが訊きたい事があるんですよ・・・」  二人は佐介の左右から、佐介の左右の肘を上へあげるように掴んだ。だらりと垂れた手を親指の方向へ捻っている。  この腕の捕らえ方と手首の返しは合気道の逮捕術だ!俺を監禁する気だ・・・。 「手首を捻るな。俺を被疑者逮捕術で拘束するとは、どういう真似だ!」  佐介は長身だ。家業の運送業で身体を鍛えてある。子どもの頃からの合気道と空手の鍛錬でどちらも四段だ。ちょっとやそっとでは物に動じない佐介も、二人の挙動に驚いた。  いったいこいつらは何だ?こいつらの態度は、あのアルバムがただのアルバムじゃない事を示してる!とてつもない極秘事項が隠されてるんだ!こいつらの言動でその事がはっきりした!今、この二人を倒すのは可能だが、二人を倒せば警護官が何人も現れて、テロリストが現れた、などと有りもしない理由をでっち上げて、俺を逮捕するだろう・・・。 「あなたに逃げられると、私たちが困りますからねえ」  男の一人が嫌味な口調でそう言った。  やはり、俺を逮捕する気だ。曾祖父のアルバムについて知ろうとしている俺は、一般人が知り得ない事を知っていると勘違いされてる・・・。 「アルバムがどういう物か国会図書館でわからなければ、内閣府でもわからないだろう。帰るから手を放せ!」 「そう言う訳にはゆきません」 「では、こうやって両腕を捻って逮捕しようとしているの不当だと理解してる訳か?」 「そうです。あなたは、この状況から逃れられません」  男の一人が佐介の右手をさらに親指の方向に捻った。 「やめろ。怪我をする前にやめろ」  佐介は冷静にそう言った。 「あなたが怪我をする前にすか?それとも我々がですか?」  二人は佐介をバカにして笑った。 「あんたたちの事だよ!」  佐介は手首に力を入れてその場でジャンプした。佐介の手首を捕えていた二人の手から佐介の手が外れ、着地した佐介の背後から、佐介の首と両腕を掴もうと二人の手が伸びた。  佐介はすぐさま前方前転して、立ちあがり様に身体を捻って二人に対峙し、佐介に掴みかかった二人のみぞおちへ連続して前蹴を入れた。一瞬だった。  二人は悶絶してその場に倒れた。  すぐさま数名の国会図書館の警備員が駆けつけた。佐介に銃を向けている。  なんだこの警備員は!?こいつら警官か?なんで銃を携帯してるんだ?俺を凶悪犯扱いするのか?俺がなにをした!?  四人の救護員が二台のストレッチャーを押して現れた。気絶している二人を乗せてその場から立ち去った。佐介は警備員によって内閣府の小会議室の一室へ連行された。  内閣府の小会議室の一室で、佐介は小会議室の楕円形テーブルに着かされた。背後に警護官が二人いる。向かいの席で、中肉中背の四十代と思われる男が笑顔で話しはじめた。 「私は内閣官房内閣情報官の伊藤忠彬です。いや、見事な対応でした。  二人には丁重に対応するように指示したのですが、未熟者には困ったものです。二人は内閣府の職員で、痩せたのが須藤剛。小柄で肥満気味なのが田原義昭です。  我々は旧日本軍の資料を収集管理しています。資料は不明事項が多いんです。  アルバムについての問い合せは、どのような理由からですか?」  伊藤忠彬は薄ら笑いを浮べ、佐介の腹を探るような小馬鹿にした態度で佐介を見ている。  佐介は、婚約者の真理の曾祖父が所有していたアルバムを、祖母が廃棄した、と話して、戦中から戦後にかけて、真理の曾祖父がどういう役職に就いていたか、真理の家族は何も知らないから、アルバムを手がかりに、曾祖父の役職を知りたい、と問い合わせの経緯を話した。 「曾祖父様のアルバムを祖母様が廃棄したのは非常に残念です。  当時の政府は、沈没した戦艦を回収して修理し、再就航させるためにアルバムを残したと考えられます。  ところで、あなたは小田忠義氏の曾孫さんの婚約者だと言いましたが、他の事は何もわかりませんから、あなたの身元を教えてください」  伊藤忠彬は佐介に疑問を持ったらしく、佐介の素性を訊いた。  佐介は学生証と免許証を提示して真理との関係を説明した。  佐介の説明に伊藤忠彬はメモを取らずに聞いていた。  佐介は、何処かでこの部屋の状況を監視しているのだろうと思った。  佐介は再度、伊藤忠彬に、アルバムについての問い合せを話した。 「どういう人物にアルバムが配布されたかわかれば、戦中から戦後にかけて、曾祖父がどういう役職に就いていたかわかると思った。  この考えはまちがいか?」  この伊藤忠彬は俺の説明を信用していない、と佐介は思った。そればかりか、俺がアルバムについて調べているのは、俺がアルバムその物に関して知りたい事がある、と考えている・・・。  無理はない。俺は空手四段で合気道も四段だ。数々の試合で臆することなく対戦相手と対峙してきた。この伊藤忠彬にも俺は怖じけづいたりしない。このおちついた俺の態度が、伊藤忠彬の考えをさらに不審な方向へ駆りたてるのだろう・・・。  俺には、真理さんが授けてくれた切り札が有る。いざという時は、それを使えばいい・・・。 「知りたいのは、どういう人たちにアルバムが配布されたかという事だけですか?」  伊藤忠彬はそう訊きなおした。  佐介は、俺が嘘を言っていると思って小馬鹿にしているのが見え見えだ、と思った。 「そうだ」 「なぜですか?」  伊藤忠彬は執拗に訊きかえした。  「戦中戦後の曾祖父の役職を知りたい。表向きじゃない。もう一つの隠れた役職だ・・・」  佐介は真理と真理の母の話から推測した、曾祖父のもう一つの役職を口にした。 「戦時中、曾祖父は役所の指示で夜学に通っていた。  夜学は陸軍中野学校、曾祖父は特務機関の諜報員だろう?  違うか?」  一瞬、伊藤忠彬の表情が強ばった。  やはり、曾祖父は特別な役職に就いていたようだ、と佐介は感じた。  伊藤忠彬が言う。  「アルバムの記録内容には興味は無いのですか?」 「無いね。  曾祖父がどのような役職にいたか、家族は誰も知らないんだ。  知りたいと思うだろう?」 「小田家の人々は、これまで小田忠義氏の役職に疑問を持たなかった。  新たに家族となるあなたも、そうなさってはいかがですか?  それとも、アルバムについて、もっと詳しく知りたいと言いますか?」  伊藤忠彬はバカの一つ覚えのように、アルパムについて質問している。  こいつ、俺の説明を完全に無視している。どっぷりと自分の考えに浸ってるだけだ。こういうのが独りよがりの独裁者になるのだろう・・・。。 「俺は、婚約者の曾祖父がどういう役職に就いていたか知りたいだけだ。  なのに、あんたはアルバムの内容を知りたいんだろう、と言う。  アルバムに何か重要な事が記録されてたのか?」  佐介の質問に、伊藤忠彬の顔色が変った。余計なこ事を話したという顔だ。  墓穴を掘ったな・・・。間抜なヤツだ・・・。。 「ははあ、なるほどな。アルバムに記録されてたのは、徳川の埋蔵金のような話だろう?違うか?」  突如、伊藤忠彬が作り笑いを浮かべた。 「そんな事はないです。アルバムは当時の極秘資料です。  先ほど説明したように、当時の政府は沈没した戦艦を・・・」 「ちょっと待て!」  佐介は伊藤忠彬の話を遮った。 「つまり、こう言うことか。  敗戦間際、日本政府は沈没した戦艦をサルベージして、日本軍が東南アジアから略奪した金塊を回収し、軍資金にしようとしていた・・・」  佐介は当てずっぽうに言って、伊藤忠彬の様子を観察した。  伊藤忠彬が言い訳するように慌てて説明をくりかえした。 「先ほども話したように、我々は戦中の日本軍の資料を収集管理しているだけです。  アルバムは、旧日本軍にどのような戦艦が存在したかを証明する貴重な資料です」  伊藤忠彬の目が泳いでいる。まともに佐介を見ようとしない。明らかに動揺している。 「それだけの事なら、俺をこんな所に連れて来なくていいだろう。  これじゃあ逮捕監禁と尋問じゃないか?」  佐介の言葉で、また伊藤忠彬が妙な表情をした。 「もしかしたら、最初から、俺がトレジャーハンターだと思ってたのか?」  佐介は空手の対戦相手を睨むように、伊藤忠彬を睨んだ。こいつの話し方は穏やかだが、やはり、俺は尋問されている・・・。 「そんな事はありません。貴重な資料の情報提供者だと思ってますよ」 「そりゃあ、おかしいだろう?  なぜ、あんたたちは真理の曾祖父が小田忠義だと知ってるんだ?  なぜ、アルバムが曾祖父に渡っていたことを知っているんだ?  あんたたちは、アルバムが曾祖父に渡った経緯を知っている。  なのに、何も話してくれない。  何も聞けないなら、俺は帰るよ」   佐介は会議テーブルの席から立ちあがった。 「待ってください。あなたの身元が判明しない限り、帰る許可は出せません」  伊藤忠彬が優しい口調で厳しくそう言った。 「勝手に連れてきて、何を言うんだ!拉致と同じだろう!  さっき俺は、俺の身元を話した。ここでの会話は、あれらの監視カメラで録画されているはずだ!もう身元の確認は終ってるだろう?違うか?  他に俺を引き留める理由があるのか?」  佐介は部屋の天井と壁にある火災警報器を示して、伊藤忠彬にそう怒鳴った。 「あなたが貴重なアルバムを調査していたからです」 「バカ言うな!だったら、アルバムの配布先に、アルバムは貴重で他言無用だと言っておくんだな!曾祖父が家族に話さないまま亡くなったのなら、政府が直にその事を家族へ伝えておくべきだったはずだ。  そっちの手落ちだろう!」  佐介は伊藤忠彬に腹が立った。このバカは自分勝手に、俺がトレジャーハンターだと思いこんでる。こんなバカは見たことが無い! 「ええ、そのとおりですが、今は帰すわけには行きません。  小田忠義氏の家族に確認を取れ次第、お帰りいただきます。  隣室に宿泊できますから、のんびり待っていてください」  伊藤忠彬は警備員に隣室のドアを開けさせて、気楽に隣室を示した。 「腕ずくでここを出たらどうする?」  佐介は空手四段で合気道も四段だ。後楽園ホールの格闘技戦に出たこともある。 「よした方がいいですよ。警護官に襲われるだけです」 「そうかな。それなら、真理に電話する。婚約者の小田真理だ」 「しばらく待ってください。小田忠義氏の家族に確認を取れるまでです。それまで待ってください」 「今日、連絡無しで俺が帰らなければ、真理は捜索願を出すだろう」 「ほお、それは早急な対処ですね」 「真理の身内が長野県警にいる。彼には、本部長より上の、裏の役職がある」 「それは初耳ですね・・・」  伊藤忠彬の態度ががらりと変った。完全に目が泳いでいる。 『真理の身内が長野県警にいる。彼には、本部長より上の、裏の役職がある』  と聞いて明らかに動揺している・・・。 「なるほどな・・・」  こいつらは真理の家族を調べていない。こいつらが調べているのは金塊の所在だ。どの戦艦が金塊を積んだまま、どの海域に沈没してか調べてるんだ・・・・。  そう思ったとたん、佐介は伊藤忠彬たちが曾祖父の役職を知っているのを確信した。  ここで問いただしても、本音は話さないだろう。何とか訊きだす方法はないものか? 「もしかして、ここは電磁遮蔽されてるのか?」  電磁波を遮蔽した部屋なら携帯は使えない。 「そうです」 「わかった。早く小田の家と確認を取ってくれ」 「わかりました。急ぎましょう。隣室へ移ってください。くつろげますよ」  伊藤忠彬は隣室を示した。  明らかに、 『真理の身内が長野県警にいる。彼には、本部長より上の、裏の役職がある』  と話した時から、伊藤忠彬の態度が変っている。
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