十二 真理

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十二 真理

 隣室へ案内した伊藤忠彬は固定電話を示した。 「この電話からなら外部へ連絡していいです。外線はゼロ発信です」 「なぜ、外部と連絡できるようになったんだ?」 「もう、小田家との確認が取れている頃でしょう。この電話の会話内容は記録されます。そのつもりで使ってください。  ここはホテル並みの設備があります。何を注文しても、配達されます。費用は国の負担ですから、ご安心を。  明日の午後までここにいていただきますから、くつろいでください」  伊藤忠彬は穏やかにそう説明した。 「身元確認が終れば監禁する理由はないだろう?」 「いえ、説明してくれた内容に不明な点があります。あなたは、アルバムは無いと話していました。無いのにその配布理由を知りたいと言うあなたの説明は、我々にとって、とても興味深いですからね」  伊藤忠彬は、お前はアルバムの中身を知っているだろうと言いたげな妙な笑みを浮かべている。  やはりこいつは、アルバムの記載内容が知られるのを警戒してる。もしかしたら、アルバムその物を持っていないのかも知れない・・・。  佐介はどうするか、真理に連絡することにした。 「そういうことなら、真理に連絡する。  その前に、昼飯を頼んでいいか?アルバムの問い合せがすんでから、図書館で昼飯を食おうと思ってたんだ」  佐介は伊藤忠彬に話したことを確認しながら、真理にどう説明するか模索した。 「電話器横に、庁舎内の連絡先が記載してあります。必要な物はそこへ連絡してください。  先ほど説明したように、経費は全て国の負担ですからご安心ください。  食事関係は16番です。ここは内閣官房四階の特別室です。そのように言って注文してください」  伊藤忠彬は作り笑いを浮かべてそう言った。 「わかった」  佐介は内線16番へ連絡して昼食を注文した。内閣官房特別室の注文だ、と話すと、昼の営業時間が終って、夕食の営業まで時間があるにかかわらず、注文を受付けてくれた。 「特別室ですから、あらゆる注文ができますよ。  現在十六時ですから、十九時にまた話を伺いに来ます。この部屋から出ても、外に警護官がいますから、外へは出られません。ではまた」  伊藤忠彬はそう言って部屋を出ていった。  食後。ゼロ発信で真理に電話した。 「真理さん、サスケだ。国会図書館で問い合わせたら、内閣官房の伊藤忠彬と言う内閣情報官が現れて、今、内閣府四階の特別室に監禁されてる。明日の午後までここに監禁されるらしい!」  佐介は自分をおちつかせてそう説明した。 「何があった!怪我してねえか!?連絡が無いから心配したぞ!」  真理は言葉ほど驚いた様子はない。真理のことだ。事前に状況を察していたのだろう。 「だいじょうぶだ。怪我するようなことはされてない。  アルバムの問い合せの理由を訊かれただけだ」 「実家に内閣官房から、サスケに関する問い合わせがあったさ。  母は、サスケをあたしの婚約者だと説明したさ。  アルバムのことを訊かれたけど、母は祖母が処分したといってたさ。  監禁されてんなら、自由が利かねえな・・・」 「監禁といっても部屋の外に警護官がいるだけで、待遇はホテル並みだ。  さっき、遅い昼飯を注文して食った・・・」  たしかに、待遇はホテル並みだが、部屋の外に警護官がいて監禁されている事自体が、格闘技戦でルール無視で攻撃された以上に屈辱だ。個人では何もできないくせに、権力で事実をねじ曲げようとする者は、絶対に許せない・・・。 「アルバムの配布理由を訊いただけだべ?  曾祖父ちゃんの役職を訊きたいだけだべ?  そいで、なんで監禁なんさ?」 「俺が問い合わせた事とは別に、アルバムの記録内容に特別な事があるみたいだ。  推測だが、旧日本軍の戦艦が、東南アジアから略奪した金塊を運んでいて、そのまま沈没した。その記録がアルバムに書いてあったらしい。  それに、ここには曾祖父ちゃんが持っていたアルバムが無いらしいぞ。だから、俺に根掘り葉掘り尋問したんだ」 「そいじゃあ、サスケは曾祖父ちゃんの役職を訊きにいって、宝探しのマニアに勘違いされたんか?トレジャーハンターとは、こりゃあ、傑作だべ!アッハハハッ!」  電話の先から、真理の豪傑笑いが聞える。  なんてこった!俺の危機を笑ってごまかすんじゃないぞ! 「冗談じゃない!笑ってる場合じゃない!トレジャーハンターに勘違いされて監禁されてんだぞ!明日の午後まで監禁されるなんて困る。今すぐ、ここを出たいんだ!  たしか、二十二時前に東京駅に行けば長野へ帰れるはずだ」  佐介はビルの一角のような閉じられた空間が大嫌いだ。自然が見える開けた空間が大好きだ。 「ホテル並みの待遇なら、のんびりしてこいや。あたしは母に、サスケを早く開放しろと内閣府に伝えてくれ、と話しとくさ。  ああ、佐伯の伯父さんにも話しとく。  伯父さんは、長野県警の警部と特別な役職に就いてると話したけど、伯父さんは警察庁の特務官なんだ。特別権限を持つ政府の特務官だ。  伯父さんの一存で、どんな公務員も処分できるんさ。詳しい事は内閣府の連中に訊いてみな。連中、たまげっぺさ!伊藤忠彬の首なんか、あっという間に吹っ飛ぶベ!へたすっと伊藤忠彬なんぞは始末されっかも知んねえぞ!  たぶん伯父さんの口利きが一番効果的な気がすんぞ!」  電話の向こうで真理が笑いを抑えているのがわかる。  佐介はなるほどと思った。伯父さんの一言で、不当な監禁は解かれるし、事態が明るみに出る・・・。 「わかった。お母さんと伯父さんによろしく伝えくれ!」 「ああ、了解した。  曾祖父ちゃんの役職とは別に、アルバムに何が記録したあったか、サスケなりに聞きだしてくれねえか。あたしも興味が湧いてきたさ」  今まで気にしていなかった真理がアルバムに興味を持ちはじめた。  佐介は真理の無頓着ぶりに呆れた。特務官の伯父さんがいるとは言え、真理を危険な目に合せられない・・・。 「また、なんて事を言うんだ!そんな事を言ってたら、俺は監禁されたままだ!真理さんも危険だぞ!」 「そりゃあ、困る。我家のコックがいなくなるぞ!」  真理の言いたいことはわかるが、コックを話題にする場合ではない! 「そう思うなら、お母さんと伯父さんに早く状況を伝えてくれ!  十九時からまた尋問されるんだぞ!」  全く、ふざけてる場合じゃないんだぞ! 「わかったよ。伝えとくさ。じゃあ、尋問、がんばれさ!」 「冗談を言わないでくれ。じゃあ頼むね!」 「はいよ!」  通話が切れた。佐介の頬にふっと笑みが浮んだ。  これで、真理に俺の状況は伝わった。適切な対応をしてくれるだろう・・・。電話が盗聴されていると考えて、あえてふざけていたのだろうが、まったく困った真理だ・・・。  二十二時まで東京駅へ行けるだろうか・・・。  佐介は腕時計を見た。現在十八時を過ぎている。
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