十四 特務官 

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十四 特務官 

 十九時過ぎ。  会議テーブルの向こうから、 「飛田さん、小田家と飛田家の確認が取れました。身元もはっきりしました。不審な点はありません。小田忠義氏の曾孫の婚約者であることは事実ですね。  しかしながら、アルバムの存在も、小田忠義氏の役職も忘れてください。承諾いただければ、ただちにあなたを解放します。いかがですか?」  伊藤忠彬が笑顔で同意を求めた。同席している警護官も笑顔で佐介を見ている。 「忘れろというのはどういうことだ?」  佐介は伊藤忠彬の態度が変ったのを見逃さなかった。 「アルバムと小田忠義氏の役職に関して調査しないという事です。なんらかの手段を使って調べた場合は、こちらでそれなりの手段を講じます」 「内閣情報官が、一般市民を脅すのか?」 「ええ、脅しです。本当の事を話しておきましょう。  あなたが推測した、旧日本軍の金塊の話は事実です。  小田忠義氏の裏の役職は、平の公務員が公用車を使うような立場であり、警察署長に指示できる立場でした。もちろん駐留軍のMPも、その存在を知っていましたから、小田忠義氏を撮影をしませんでした。  ここまで言えば、小田真理さんや小田佳子が話した内容に納得するでしょう」  伊藤忠彬の説明に警護官も頷いてる。 「今の話は、俺が、真理と真理の母親の話から、曾祖父の役職を推測して説明した事そのままじゃないか。何が本当の話だ。小田の家と確認が取れたと言うのは、真理の母親と話した事だけか?」 「小田忠義氏の裏の役職はあなたの推測どおりですから否定はしません。  我々が話せるのはここまでです。  あなたは洞察力に優れているから、この話の先を想像しているでしょうが、そこから先は足を踏み入れないようにしてください。あなたの身が危険ですよ。  この確約書にサインして拇印を押してください」  須藤剛が穏やかな口調でそう言った。  くそ、俺の考えをそのまま肯定して、俺の疑問に終止符を打たせる気だ。いったい、何を隠してるんだ?曾祖父が就いていた裏の役職は公にはできないが、公務員たちは曾祖父の言動に逆らえなかったということか?  その時、佐介の中で、曾祖父の立場と、真理が語った佐伯警部の隠れた役職、内閣官房所属の警察庁特務官が重なった。 「さっき長野県警の本部長と親しい身内がいると話しただろう。  真理の伯父さんは、内閣官房所属の警察庁特務官だ。警察庁特務官の伯父さんが、今の俺の状況について何か言えば、アンタたちの立場が不利になるんじゃないのか?  俺が真理に連絡した内容を記録してるなら、調べはついているだろう?」  この一言で、警護官が慌てて伊藤忠彬に耳打ちした。伊藤忠彬は部屋から出てゆき、すぐに戻って警護官に頷いている。 「確約書にサインしてください」  伊藤忠彬が威圧的にそう言ったが、先ほどまでの勢いがない。佐介は伊藤忠彬が動揺しているのを感じた。 「断わる!」  佐介は伊藤忠彬の言葉を拒否した。伊藤忠彬と警護官は、伯父が警察庁特務官だとの一言で明らかに、脅威以上のものを感じている・・・。 「佐伯の伯父さんは、あらゆる公務員を処罰できる、独立した立場にある特務官だ。  アンタたちより立場が上だろう?  だったら、どうすべきかわかってるはずだ」  佐介は、内閣府が警察庁特務官について詳しく知っているという真理の言葉を信じて、そう脅した。 「わかりました。あなたを解放しましょう。東京駅へ送ります・・・」  伊藤忠彬が苦虫を噛み潰したような顔で、呟くようにそう言った。佐介は顔には出さなかったが、内心、ホットしていた。真理の話は真実だった。真理の曾祖父も、特務官のような存在だったのではあるまいか・・・。  二十時前に東京駅に着いた。佐介が新幹線に乗りこむのを確認するため、新幹線のホームに伊藤忠彬が同行した。 「無事に解放したという確認のためですよ。手抜かりがあったら、特務官にたいして私の立場が無くなりますから・・・」  伊藤忠彬は語尾を濁した。佐介が想像した以上の脅威を、警察庁特務官に抱いているらしかった。  佐介は社交辞令的に挨拶して新幹線に乗りこみ、声をひそめて真理に連絡した。 「サスケです。今、解放された。新幹線に乗ったよ」 「無事か?怪我してねえか?」 「ああ、何も心配ないよ。伯父さんが特務官だと話したら、すぐに解放された」  真理は、盗聴されているという佐伯警部の忠告を思いだして、佐伯警部の話題を避けた。 「盗聴の可能性があるべ」 「わかった」 「今、独りなんか?」 「係官が東京駅までついてきた。まだ、ホームにいる。俺が帰るのを見とどけるらしい」  新幹線が発車した。佐介はホームにいる伊藤忠彬に手を振った。伊藤忠彬は慇懃に会釈している。 「新幹線はサスケだけか?」 「ああ、三人掛けの席の窓際に俺だけだ」 「お宝と役職はどうだった?」  佐介は声をひそめた。 「金塊を運んでいた戦艦が撃沈され、内閣府はそれを探しているらしい。ヤツら、アルバムを持っていないみたいだ。  曾祖父さんの役職は、俺が話したことと合っているらしいが、断定はしなかった」 「わかった。駅へ迎えに行くよ。携帯は家においてゆくよ」 「わかった。じゃあ、頼むね」  佐介は通話を切った。
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