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十八 特務官
週末。
佐伯家の夕食の席で佐伯警部は真理と佐介に説明した。
「警察庁に監察官が置かれています。監察官制度は、各省庁に置かれていますが・・・」
監察官は官吏等の監督査察を行う。
強制力を行使する権力的公務など、特に職務の性質上、内部監察を要する官庁その他に監察官が置かれている。しかし、警察組織で、監察官になれるのが警視以上であるが、監察官より職務上の地位が上の者が監察官を監督査察するため、監察官は、監察官より上層部を監督査察できない。
「戦前の政府には企画院がありました。日本における戦前期の内閣直属の物資動員と重要政策の企画立案機関です。
企画院の前身の一つは戦前政府の内閣調査局です。
現在の内閣情報調査室とは異なります。
当然のように、内閣調査局は、政策に反抗する勢力の排除も行いました。特務官です。この事は表沙汰になってません。
現在の監察官は、好き勝手を行う上層部を監督査察する権限がありません。しかしながら、そのような上層部を野放しにはできません。
そこで 政府は、各省庁の上層部を監督査察する権限を有する官吏を置きました。特務を授けられた監察官つまり特務官です。
建前上、特務官は内閣官房に席を置いていますが、内閣からも政府組織からも独立した存在で、どの部署からも制約を受けません。全ての公務員を監督査察する権限を有します。
この事は、戦前からの政府の極秘事項で、公表されていません」
そこまで説明した佐伯は笑顔で、
「質問を受付けますよ」
とグラスのビールを飲み干した。
「どこまでの権限が与えられてるんですか?」
佐介は佐伯のグラスにビールを注いだ。
真理は、もっと質問しろと思っている。
「戦前の特務官には諜報、逮捕監禁、人事処罰など、全ての権限が与えられました。いわば、内閣による全公務員の監督査察と人事処罰の行使です」
ビールを一口飲むと、佐伯は箸を取って刺身を口へ運び、箸を置いた。
「内閣が官僚たちを監察したんですか?」
佐介も箸を取って刺身を口へ運んだ。真理と良子伯母さんも同じ仕草をしている。意識が完全にシンクロしている。皆、質問したい内容が同じだ。
「戦前は、特務官を通じて、内閣が全公務員を管理したんです。
現在も、公表されていませんが、その制度は存在します。
特務官が己の判断で全ての公務員を処罰できます」
佐伯はグラスを取ってビールを飲み干した。
真理と良子伯母さんが箸を置いた。二人ともグラスを手にしている。
「人事も?」と真理。
「はい」
佐伯が答えた。
「逮捕監禁と尋問も?」と佐介。
「はい」
「処罰も?」と真理。
「はい」
真理と良子伯母さんの顔色が変った。特務官の職務に気づいたらしい。
「全ての司法権、統括的司法権が与えられています」
佐伯は空いたグラスを持った。佐介は佐伯のグラスにビールを注いだ。
「マア、なんて恐ろしいんでしょう!
福ちゃんは、統括的司法権なんて、使ったことはないわよね?」
良子伯母さんが佐伯を見つめた。佐伯の名は福太郎だ。
「私は、まだありませんよ」
佐伯は笑っている。
佐介と真理は、曾祖父の隠れた役職を理解した。同時に、佐伯が統括的司法権を行使したことがあるのを確信した。
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