十九 不法侵入

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十九 不法侵入

 その夜。  佐伯家から帰宅すると、室内の照明が点いたまま、玄関のドアは施錠されていなかった。真理と佐介は、ノブチンがタクシーで来たのかと思った。  家に入って居間のドアを開けた真理と佐介は、荒された室内に目を見張った。二階から物音がする。 「しーっ。誰かいるぞ・・・」  佐介は真理に囁いて二階を目配せした。物音は二階の真理の書斎からだ。二階に侵入者がいれば、二階の窓から飛びおりない限りこの家から逃れられない。 「伯父さんに司法権を使ってもらうしかねえな」  真理がそう呟いて佐伯警部に連絡した。  佐介は居間から静かに階段を上がった。  と同時に二階から階段へ小太りの男が雪崩れ落ちてきた。そう思ったが、実際は階段の上から小太りの男が佐介に踵蹴りしたのを、佐介は男が雪崩れ落ちたと勘違いしていた。  階段の狭さで、佐介は強烈な男の踵蹴りを躱しそこねた。佐介は踵蹴りを顎に受け、のけぞったまま男の足をしっかり握りしめた。そのまままゆっくり後頭部を階下に向けて倒れ、階段を滑り落ちだした。咄嗟に顎を引いたため、後頭部が階段にぶつかることは避けられた。 「サスケッ!」  慌てて佐介を呼ぶ真理の声がゆっくり聞えた。このまま滑り落ちれば後頭部を打つ!  そう思った瞬間、佐介は男の足をつかんだまま両脚を思いきり開いた。階段の壁に両足をそわせて滑りおちる速度を減じて上半身を起こし、男のズボンとベルトを掴んで、男を引きずり下ろし、男の上に馬乗りになった。全てが一瞬だったが、不思議なことに、佐介はこの間の時間経過を非常に長く感じた。  男の上半身に、佐介の口から大量の血が流れた。顎に踵蹴りをくらって口の中を切ったらしい・・・。  男は仰向けの上半身に佐介を乗せたまま、階段に背をつけて足から階下へ滑り落ちた。したたか後頭部と腰と背中を打ったが階下で立ちあがり、佐介に右拳で正拳突きを放った。  男と同時に立ちあがった佐介は、瞬時に身を引いて正拳突きを躱したが、男は身長に比して腕が長い。まにあわず腹部に攻撃を受けた佐介は男の拳を払い除け、すっと男の前へ進み股間と腹部へ立てつづけに右膝蹴りを放った。  男は身体を九の字に折って崩れおちそうになったが一瞬に身を伸ばし、佐介の顎に右手で掌底打ちを放った。  一瞬早く佐介は顎の前に左手をかざして、打ちこまれた右手掌底の指を掴んだ。  男の手指が掌底を打ちこむ勢いで反り返った。鈍い音が響き男の指が折れた。男が呻いてひるんだ。  その一瞬に、左手で男の右手掌底の指を掴んだまま、佐介は男の腹部に右正拳突きを二発放ち、三発目を下方から突きあげるように顎に放った。  男が後方へのけぞって、倒れまい右足を引いて踏んばった。  佐介は左手に握った男の右手指を引き、四発目の右正拳突きを男の腹部へ放った。  男が身をくの字に曲げてその場に倒れた。  佐介は時間を長く感じたが、一分ほどの攻防だった。  佐介の意識が薄れていった・・・。 「サスケ・・・。サスケ・・・。伯父さんと、救急車が来た・・・」  佐介は真理に呼ばれて気づいた。救急隊員に首と頭を固定されて、瞳孔反応を確認されたあと、口と喉に溜まった血を器具で吸いとられ、ストレッチャーに乗せられた。 「男は?」 「あそこさ。ガムテープで縛っといたさ・・・」  真理が男を指さした。男は階段の下で、後ろ手にされた手と足にガムテープが捲かれて動けずにいた。男は、国会図書館で佐介を拘束しようとした、小柄で肥満気味な内閣府の係官の田原義昭だった。 「重症か?」  佐介は、佐介を見る佐伯警部に訊いた。 「いえ、贅肉が多かったため、軽傷ですよ。救急隊員も、真理さんが手首をガムテープで巻いたままの状態で対応してます。  状況は真理さんから伺いました。不法侵入と窃盗、暴行傷害の現行犯です。逮捕します」  佐伯警部の指示で、間霜刑事が内閣府の係官、田原義昭の手首に手錠をかけている。  佐伯警部は声をひそめて佐介の耳元で囁いた。 「オフレコです」 「わかった・・・」 「今回の件は内閣情報官が勝手に内調組織を動かした結果に生じた事案です。  政府組織を私物化した者には統括的司法権を行使します」  佐伯の表情は険しいが目は笑っている。
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