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四 合格通知
三月半ば。
大学からみどり市の自宅に合格通知が届いた。
「下宿も決ってるから安心だわ」
居間のテーブルに合格通知と入学手続きの書類を拡げて、母は気楽に言う。
「だって、まちがいなく真理さんは太田市の小田家の娘よ。原田伸子さんは、真理さんの母・小田佳子さんの妹で、長野の宝石販売をしている人に嫁いでる。
どちらも興信所を通じて調べたわ。心配ないわ」
「高槻興信所か?」
佐介はみどり市に隣接した桐生市の、父と親しい興信所を思いだした。
「身元はまちがいないわ。真理さんの母親の小田佳子さんは小田家の直系よ。彼女と会って話したわ。父親は婿養子よ。安心して下宿なさい」
母は入学手続きの手引きを読んでいる。
「えっ?いつ、母親に会ったの?」
佐介は母を睨んだ。母は書類を見たまま素知らぬ顔で、
「一週間くらい前かな。興信所の結果が出てからよ」
と言った。佐介は返す言葉がなかった。この時になって、ノブチンが、
『ノブチンの姉が佐介の母に挨拶に行く』
と言ったのを思いだした。
母は書類を見ながら説明した。
「真理さんの父親は、小田家の傍系から本家に婿養子に入ったらしいわ・・・」
真理の父は経営に長けた資本家で、手広く企業を所有し、経営を親族に任せているとのことだった。
「もう、真理さんの家へ寝具と衣類を送っといたわ。あとはあなたが入学手続きして、下宿して、長野から松本へ通学するだけよ。家は武司と芙美さんが居るから心配しないでね」
母が顔をあげた。佐介を見て微笑んでいる。
兄夫婦は飛田家の家業の運送業を父と三人で切り盛りしている。佐介の体型がこうなったのも、父の血筋と家業の手伝いで鍛えられた結果と言える。
「俺が婿養子へ行くみたいだな。なんかあるのか?」
母は気が早い。また何か画策していると佐介は思った。
「先方には、それなりの下宿代と食費を、毎月振り込んでおくわ。
あなたは昼食代や教科書や本代や交通費など、カードで銀行から引き出しなさいね。
奨学金の手続きをするのよ」
母は各種奨学金のパンフレットを佐介に渡した。
「これなんか穴場ね」
長野市の給付型奨学金制度を示している。大学卒業後の十年間を地元企業に勤務する条件の、返還無用奨学金だ。
「こうなると身売りだな」
パンフレットを見ながら、佐介は呟いた。
「あら、売れるうちが華よ。先方も乗気なんだから」
母もパンフレットを見たまま奨学金ではない事を口走った。
「真理さんの事とじゃない。奨学金の事だ。
もしかして、母さん。真理さんと俺をくっつけようとしてるんか? 真理さんの母親と、何を話した?」
母のことだ。そんな話が出てもおかしくないと佐介は思った。
「真理さんのお母さんはそんなことをほのめかしてたわ。あなた、叔母さんに好かれたみたいね」
母はパンフレットから顔をあげない。
「人に好かれるのは悪くないが・・・」
首謀者はノブチンか・・・。真理の用心棒に俺を下宿させ、後はいっしょにさせようなんて考えてるのか。困った人だ・・・。
「下宿してくれって頼みこまれたわ。最初は用心棒代りにあなたを下宿させる気だったらしいけど、あなた、気に入られたのよ。食費だけでいいと言われたわ。
でもそれではあんまりねえ。だから食費に上乗せした額の下宿代を治めることにしたわ」
母はパンフレットを見たままだ。
母のことだ。経費が浮くくらいにしか考えていないだろう。母は悪い人間ではないが、独断と偏見が激しいところはノブチンと似ている。類は友を呼ぶ。こんな母に俺の考えを話しても、母が真理の母親と何を話し合ったか語らないだろう・・・。
佐介は、佐介の立場を勝手に変えようとしている母に何も話さずにいた。
母が何を画策しても、俺の運命が変るわけじゃない。母の行いは大きな運命の流れに細い棹を刺しているだけだろう。おそらく真理も俺と似たような状況になっているはずだ。彼女には母親と叔母がいる。立場は俺より悪い・・・。佐介はそう思った。
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