五 お着換え

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五 お着換え

 三月半ば過ぎ。  真理の家の二階に三部屋、一階はLDKと二部屋がある。二階の東側南向きの一室が佐介の部屋になった。朝日が入り、朝早く目覚めて通学に便利だろうと真理が考えた結果だ。  部屋は家具付きでダブルベッドがある。母が送った寝具はダブル用で、部屋のダブルベッドに寸法がピッタリ合っていた。母が真理の母・小田佳子と打ち合わせたのだろう。  真理の部屋は佐介の部屋の西隣りの部屋と、一階のリビングに隣接した玄関横の南東の部屋だった。忙しい時は一階で眠り、週末は二階で眠るのが真理の日々である。  二階北側の広い一室は真理の書斎になっていた。 「気にならなければ、ここを使って勉強するといい。教養の教科書が変ってなければ、そこのを使ってくれ。専門過程の基礎科目の教科書もそこにある。使っていいよ」  真理は書斎の書棚を示した。使い込まれたようには見えない理数系の書籍が書棚に鎮座している。 「ありがとう。助かる・・・」  佐介は書斎を眺めた。書棚やデスクの他にソファーセットがあり、書斎の隅にはダブルベッドがある。佐介がベッドを見ていると真理は、 「各部屋にダブルベッドを入れたんだ。どこでも寝られる。  あたしは寝相が悪いんだ。大きい方がいい」  と説明した。この事がどういうことか、この時は気づかなかった。そして、それを実体験するときが近づきつつあった。  新入りを歓迎する行事が行われるのは大学に限らない。日本の慣習というか、文化というか、組織に人が入る時も、出る時も、歓迎会や送迎会をする。  大学の新入生は大半が二十歳前なので大学の新入生歓迎会では酒は出ない。  大卒の新入社員が多い企業となれば話は別だ。  四月下旬、週末。  今日は新入社員歓迎会だと言って出かけた真理は、深夜になっても帰宅しなかった。真理は今日の歓迎会の幹事だ。歓迎会がお開きになっても二次会三次会まで付き合う羽目になるから、真理の帰宅が深夜になっても驚きはしなかった。  日付が変り、そろそろ寝ようと思ってベッドに入った。  一時を過ぎた時、玄関チャイムが鳴った。佐介は慌てて玄関へ駆けつけてドアを開けた。案の定、タクシーで帰宅した真理は、玄関を入ると、その場に酔い潰れた。 「サスケ!ベッドに運べ!」  佐介はドアをロックして真理の靴を脱がせ、ハンドバッグを持って真理を抱きかかえ、一階の真理の部屋のベッドへ運んだ。 「着換えさせてくれ!」  ベッドで大の字になった真理は大声で言った。造りのしっかりした家なので真理の大声が外へ漏れる心配はなかった。  真理の衣類を脱がせ、肌着を着せてパジャマを着せた。 「ブラだよ!ブラ!ブラ、取ってくれ!ブラつけて、寝れるわけねえべ・・・」  と言ってジタバタ騒ぐので、ブラジャーを外して肌着を着せて、パジャマを着せた。 「パンツもだベ!パンツ、代えてくれ!タンスに入ってる!」  仕方ないのでパジャマのズボンを脱がせてパンツも脱がせ、新しいパンツを穿かせてパジャマのズボンを穿かせた。ジタバタ騒ぐ真理を着換えさせるのに苦労し、真理の裸体を見た記憶がなかった。初めての経験だった。  開けっ広げらしいと感じていた真理の性格から、いつかこき使われるのは覚悟していた。そして、覚悟していたとおりの真理だった。  着換えさせたから、このままおとなしく眠るだろうと思っていたら、真理が目を開けた。 「ハンドバッグ、あるか?」  サイドテーブルのハンドバッグを見て、思いだしたように佐介に訊いた。 「中、見てくれ。財布と携帯とカード六枚あるか?」  佐介はバッグの中を確認した。 「ああ、財布と携帯が入ってる。カードも六枚あるよ。財布の中を確認するか?」 「確認しなくていい。全部使ったから空っぽだ」  真理は寝ぼけたように呟いている。 「全部って、いくら使った?」  佐介は気になって訊いた。 「二十かな」 「そうか」  なんてことだ。俺に下着まで着換えさせるとは、どういう育ち方をしたんだ?  佐介はこの時はわからなかったが、その後、こんな態度を見せるのは、佐介にだけだとわかった。 「サスケ・・。寒い・・・。いっしょに寝てくれ・・・」  真理がガタガタ震えはじめた。 「電気毛布、かけようか?」  佐介は母が送ってきた電気毛布を使おうと思った。 「暖まるまで時間がかかるから、ここに来て背中を抱いてくれ。  冷えて、気持ちが悪い。暖めてくれないと、胃の動きが止る。  洗い桶に新聞紙入れて持ってきてくれ。吐きそうだ。  暖めてくれ・・・」 「待ってろ!」  急いで佐介は風呂場からプラスティックの洗い桶を持ってきた。キッチンの古新聞を洗い桶の中に入れてベッドのそばに置いた。 「ここに洗い桶を置いたぞ」 「早く、暖めてくれ・・・」  真理の震えが激しくなった。 「わかった」  佐介はベッドに入り、真理を背後から抱きしめた。真理の冷たい背中と尻が佐介の胸と腹に密着して、脚が佐介の脚に絡みついた。このままだと、朝まで眠れない。やれやれ、とんだ所に下宿したもんだ・・・。そんな事を思っていたら、佐介はすぐに眠っていた。
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