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「あれから、音楽は勿論、電話でもsnsでも、スマホには一切触れてない。今も固定電話から話してるんだ。でも、相変わらず、ブツブツ言うのが聞こえてる。前はイヤホン外せば聞こえなかったが、今じゃ、何も差してなくても、耳の中でブツブツブツブツ言ってやがる」
「……そんな」
「この“音”は外から来て俺の耳にこびりついちまったみたいだ。羽虫が耳の穴に勝手に飛び込んでぶんぶん言ってるみたいなもんだ。前は、まだ不定期だったけど、今じゃ、もう二六時中、ブツブツ言ってやがる。夜も寝られねえ。ずっと聞かされてるのに、何の音か、声なのか、それさえも相変わらず分からん。物音かもしれないし、独り言のようにも聞こえるし、歌かもしれない。お経のようにも思える。だが、聞こえそうで聞こえない。微妙に低くて、でもリズムのようなものだけは分かるみたいな。ああ、イライラする!もっとはっきり言ってくれよ!何なんだよ!聞こえねえよ!聞こえてるのに聞こえねえよ!」
「おい、ちょっと」
落ち着け、と言おうとしたが、いきなり電話は切れた。
そして、たった今、彼の母親から電話があった。
Aが電車に飛び込んだそうだ。
勿論びっくりしたけど、今、もっと気になってるのは、泣きじゃくるおふくろさんの声に混じって、受話器から何かブツブツいう音が聞こえてきたことだ。
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