prologue 蜃気楼

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 バスが停まり、慌てたように彼女が立ち上がって、バスから降りた。  停車したバス停は、古びた神社の前だ。  逃げるようにICカードをタッチして、下車をする。  別に、僕は他人の行動にとやかく言う権利などないが、それでも、その行動の意味を知りたいと思うほどには、人並の好奇心と、劣悪な探求心があるのかもしれない。  ただの神社参りをする女の子だろう? と僕だって最初は考えた。  だが、僕はバスが再び発車するときに振り返ると、彼女が下山していく姿を目撃していた。  その背中はひどく小さくて、ちっぽけなものに見えてしまう。  だけど、僕はそれ以上考えることなく、閉じかけていた小説のページを指でなぞりながら読んでみる。  今度は、創造された世界が僕を迎え入れてくれた。  そのときにはもう、僕は彼女の横顔も、うしろ姿も頭のどこかへ収納されて、きっちりと仕舞いこんでしまっていた。  そして、また明日にでも彼女の姿を見ることになるのだろう。  この『森林植物園』へと向かうバスの中で。  これは、僕が彼女と知り合いなる前の、春の息吹が芽生え始めた季節の出来事である。  それでは、僕の退屈でなんのドラマティックな出来事が存在しない、閉鎖された世界を語るとしよう。     
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