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「空を飛びたかったんだと思うよ」
◇
大学とアパートとを行き来する際、夜宵はミズナラの生い茂る公園を抜ける。大学正門ではなく、研究室のある棟へ直接行くときのショートカットコースだそうだ。公園と言っても、一箇所開けた所に風が吹くと崩壊しそうな腐りかけの東屋と、錆色の水しか出なさそうな水飲み場があるだけで、あとはほぼ森のようなものである。その日夜宵は、ひときわ大きな木の葉の影から何かが覗いているのを見た。僅かに風に揺れている。鳥などの生き物ではない。なんだろ、とは思ったがそのときはさほど気にしなかった。子どもが作った秘密基地の一部かなんかかな。公園を抜け、飲み物を買ってから行こうと、大学最寄りのコンビニのすぐ側まで来た所で、時間差で気付いた。
首吊りだ。
ぶら下がって風に揺れていたのは、二本の人間の足。
ク ビ ツ リ。
意識した途端、全身の毛穴が泡立つような悪寒と胃の底から込み上げる不快感が夜宵を襲い、コンビニの裏で彼女は猛烈に吐いた。
◇
「暁くんまたそんなふざけたこと言う。私本当に怖かったんだからね」
ああ思い出しただけでも吐きそう、胃とか腸とか食道とか消化器官までぜえんぶ吐き出して吐くものがもう何もなくなるまでいくらでも吐けそう、と、夜宵は夜宵で気持ち悪いことをテレビを見ながら話す。具合悪くなって今日は保健室でずっと寝てて講義全部すっぽかしちゃった、などと言っているが、彼女が講義をすっぽかすのは珍しいことではない。
「自分は死にたがってるのに、人が死んでるのは怖いんだ?」
深夜二時、僕はストロングゼロのロング缶を飲みつつ玉子焼きを作りながら言う。玉子を巻く作業がしたかっただけで、別に今食べたいわけじゃない。
「だって、老衰で死んだおじいちゃん以外の、それも自殺してる死体なんて初めて見たんだもん」
僕達は数か月前から一緒に暮らしている。死にたい者同士だ。
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