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「だからさ、その人は空を飛ぼうとしたんだ、って考えたら、ポジティブで怖くないだろ?誰だって一度は思うじゃんか。でも実際は飛行機に乗ってないと飛べない、でも飛行機に乗ってたら空気を生身で感じられない、感じられるのは目的地に着陸した後だ、ハンググライダーを体験したり気球に乗ったり出来るような場所もここら辺にはない、バンジーもない、こんな田舎にはなんにもないね、それにその人は宙に浮いた状態で止まっていたかったんじゃないかな、ビルとか崖とかから飛び降りても一瞬で地面に到達してしまう、とすると、ぶら下がるっていうのはまあ妥協点だと思うけど、やっぱり首吊りがその人にとってはベストな手段だったんだよ。ロープが枝からじゃなくて、何もない空から下りてたらより良かったろうね。芥川龍之介の『蜘蛛の糸』みたいにさ」
僕は玉子焼きを六等分に切り分けながら言った。巻きも六等分も我ながら完璧である。碌に自炊もしないのにキッチンスタッフになり、これだけは上手くなった。万一、今後履歴書を書く機会があったらこのスキルを書こうと思った。というかこれしか書けない。
「『蜘蛛の糸』は何もない所からじゃなくて、神様だか仏様だかが下ろしてたんでしょ。それに『蜘蛛の糸』って、死ぬための糸じゃなくて生きるための糸じゃない」
「あそうか」
僕はストロングゼロを飲み干した。二缶目だ。六等分は完璧でも、味は舌が麻痺しているのでわからない。食べ物は大体味がしない。僕は家にいる時間は大抵酔っている。バイト先の居酒屋でもサーバーのチェックと称して飲んでいる。料理の味見はあまりしない。してもよくわからないし。マニュアル通りに作って、見た目が壊滅的じゃなければ客に出す。
ねえその玉子焼き明日の?と夜宵が聞く。いや決めてない、そう答えると彼女は今食べよ、と言い出した。
「いいよ」
「これ玉子いくつ使った?」
「三つ」
「ひよこ三羽分だ」
「無精卵だよ」
「でもひよこだよ。半分こしよ、一人ひよこ一と二分の一羽分ね」
僕達はちゃぶ台を挟んで対面に座り、いただきます、と言って玉子焼きを食べ始めた。おいしい?と僕が聞くと、おいしい、と夜宵は答えた。
僕はさっきの話の続きをした。
「天から、まあ実際には枝からだけどさ、下りてくるロープを掴んだっていうことは、その人は生きたかったのかなあ」
「死にたかったんじゃない?実際死んでるし」
夜宵は答える。
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