6人が本棚に入れています
本棚に追加
「おいしいかどうかわかんなかったから良かったよ」
「え?何?」
「玉子焼きの話。味見してない」
「あそう」
「うん」
◇
夕方に近づいた岬で僕達は出会った。形容しがたい、紫よりの少し沈んだ色調の青の海に、空を覆う雲の僅かな隙間から差す金色の光。晴れているという意味ではなく、いい天気だと思った。この美しい景色の中に跳び込みたい、そんな衝動にかられ、両手を柵に掛けた時だった。
「ここって死ねるの?」
彼女がそう話し掛けてきた。
海から吹く強い潮風に吹かれ、長い髪が顔に纏わりついている。その隙間から除く眼は湿って夕日を反射し、まるでこの景色と同じだ、と思った。
暫くその眼に呑まれたように見入っていた僕だが、はたと我に返り答えた。
「多分。今からやってみるとこ」
「えやだ、私が先にここ使おうとしてたのに」
ひとたび表情を崩した彼女は、もうそこらへんにいる普通の女の子だった。
「何言ってんの、ここ自殺スポットで有名じゃん、先人達いっぱいいるよ。今更僕一人跳んだところで変わらないと思うけど」
僕は前方につんのめりながら話す。
「やだよ直後なんて、私最期に見るものがあなたの死体ってことでしょ、綺麗な海がいい」
「嫌なら向こうで跳べよ」
「えーここが一番景色いいのに……」
いつまでも愚図る彼女に僕は若干イライラしてきた。
「あーもう気い失せたわ、わかったよ、僕は次に気の乗った時にするから、お先どうぞ」
僕は柵から手を離した。すると彼女も諦めたような表情になった。
「私も今日はもういいや、あーあ、せっかく跳べそうだったのに」
最初のコメントを投稿しよう!