<第一章:薫>

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 このあざとさこそが、しかし、彼の本家も含めた一族が、安倍清明本家の亜流である証拠だと、白状しているようなものなのだが、どうも、この一族はそうは思わないのが、暗黙の約束になっているのは間違い無い。  安倍清明本流へのあくなき対抗心が、彼らの一族を突き動かしているのだ。それを滑稽というのは、確かに、滑稽なのだが、それを他人が言うならまだしも、自ら表明するのは、自分たちの権威を、存在理由を否定することに繋がると知っているからだった。  しかし、それって、ドザ周りの旅一座が、中央の歌舞伎座の一座に対抗心をむき出しにするのと同じ滑稽さであると、気づいていないのだろうか。  それをいえば、彼の父の月御門光は、居直って、この学園の拡大に自分の命をかけているように見える。そのためなら、関係省庁やら、政治家への贈賄、ワイロも辞さない、大俗物なのだった。とても、多くの人が考えるような宗教者ではなかった。 ”まあ、しかし、それも、人としては、あるんだろうな”  そういう覚めた目が、薫の心の中にある。とても、子の年代の青年としてはありえない世間知というべきなのだろうが、あるいは、父の光は、薫にそれを早くから教え込もうと、わざと露悪的に彼の目の前で振舞っているのではないかと思えるときがある。  それが、子供にどんな影響を与えるのか、わかっているのかと正直思うが、それはお構い無しだった。彼には彼なりの考えがあってのことだろうとなんとなく、ずっと、小さいときからわかっていた気がする。  父は、健気なほど、ここで金を溜めていた。いずれ、彼を明陰道の最高峰”安倍生命”にするためにだ。それは、彼が将来を嘱望されていながら、今の”安倍生命”に選考で負けたことによる屈折があるに違いない。  なんだかなあ・・なのだ。薫の思うに、おそらくその、父の俗物さが、宗主としてふさわしく無いと判断されただろうことが、今の”安倍生命”を見ていて、わかってしまった。  しかし、父は・・けしておろかではないのだろうに、それにまったく気づけないまま、選に漏れて以来、十年近くを金策に費やしているのだった。  こうして、学園の中を歩きながら、薫は、そんなことを漠然と考えている。父は、父だった。それは教団の上層からのお達しだったからだが、校門をくぐれば、月御門の人間であろうと、一介の生徒でなければならない。
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