春の気配と貴彦

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授業が始まる寸前に、貴彦は自分の席に戻った。 一度だけ大夢が振り返って何か言いたそうだったが、先生が教室に入ってきたのですぐに前を向いた。 帰りの会のときに先生が、入学式の歓迎の役に選ばれた人は来週になったら昼休みに集まりますよと言った。 さようならの挨拶が終わると、貴彦はすぐに教室を飛び出した。 大夢にさようならと言わなかったのは、もしかしたら4月に友達になってから初めてのことだったかもしれない。 それが貴彦をいっそう泣きたくなる気分にさせた。 それが金曜日のことだった。 「どうしたんだろうねえ、たっくんは。」 皿を下げながら、コメさんがため息をついた。 そこには、いつもなら空っぽになっているはずの皿の上に、おかずが半分以上残っていた。 帰宅してすぐに、今日中にマグノリア・マナーに行きたいと貴彦にしては珍しい我儘を言って泣き、夜になってから館に到着した。 そして、連絡をもらって急いでコメさんが準備した夕食を半分も残して、貴彦は自分の部屋に引っ込んでしまったのだ。
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