第1章

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頭の中に疑問符が浮かぶ。何故なら、テーブルの上にある灰皿には、まだ火が点いて半分程しか減っていない、吸い殻が残されていたからだ。流石に、煙草を点けたまま、外出するような人ではない。 一気に室内の気温が下がった気がした。思わず身震いする。見渡す限り、母の姿は無い。ベランダにも出て、確認するもやはり見付からない。 「何でどこにもいないんだろ」 そう呟きながら、ベランダから室内へと戻り、窓を閉めた。瞬間、悲鳴を上げそうになる。 花織から見て、左側の斜め後方にはクローゼットがあるが、今は、窓の方を向いている為、必然的に窓ガラス越しに映る。 そのクローゼットが、少しずつ開かれている。 自分以外の第三者の存在を認識し、声を上げたくなったが、恐怖がその思考を上書きする。 クローゼットから見える手は血まみれであった。徐々に開かれていき、遂に中にいる人物が窓ガラス越しに映った。 クローゼットを開け放し、中から出てきた人物の姿が目に焼き付く。 右手には、まだ血の乾き切っていない包丁を握り締めている。着ているシャツには、元の色が分からない程、返り血の跡がびっしりと残っていた。 その人物は、久しぶりに娘の姿を見て、満面の笑みを浮かべながら、ゆっくりとした足取りで花織の方へと歩み寄る。 花織はその笑顔を眼にした瞬間、胸の中にあった、わだかまりの正体に気付いた。 (そういえば、煙草の吸殻に、口紅ついて無かったな。何で気付かなかったんだろう) 煙草の臭いに紛れた、鉄の臭いを感じながら、自分目掛けて振り下ろされる包丁を、ただただ、窓ガラス越しに見つめる事しか出来なかった。
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