1人が本棚に入れています
本棚に追加
頭の中に疑問符が浮かぶ。何故なら、テーブルの上にある灰皿には、まだ火が点いて半分程しか減っていない、吸い殻が残されていたからだ。流石に、煙草を点けたまま、外出するような人ではない。
一気に室内の気温が下がった気がした。思わず身震いする。見渡す限り、母の姿は無い。ベランダにも出て、確認するもやはり見付からない。
「何でどこにもいないんだろ」
そう呟きながら、ベランダから室内へと戻り、窓を閉めた。瞬間、悲鳴を上げそうになる。
花織から見て、左側の斜め後方にはクローゼットがあるが、今は、窓の方を向いている為、必然的に窓ガラス越しに映る。
そのクローゼットが、少しずつ開かれている。
自分以外の第三者の存在を認識し、声を上げたくなったが、恐怖がその思考を上書きする。
クローゼットから見える手は血まみれであった。徐々に開かれていき、遂に中にいる人物が窓ガラス越しに映った。
クローゼットを開け放し、中から出てきた人物の姿が目に焼き付く。
右手には、まだ血の乾き切っていない包丁を握り締めている。着ているシャツには、元の色が分からない程、返り血の跡がびっしりと残っていた。
その人物は、久しぶりに娘の姿を見て、満面の笑みを浮かべながら、ゆっくりとした足取りで花織の方へと歩み寄る。
花織はその笑顔を眼にした瞬間、胸の中にあった、わだかまりの正体に気付いた。
(そういえば、煙草の吸殻に、口紅ついて無かったな。何で気付かなかったんだろう)
煙草の臭いに紛れた、鉄の臭いを感じながら、自分目掛けて振り下ろされる包丁を、ただただ、窓ガラス越しに見つめる事しか出来なかった。
最初のコメントを投稿しよう!