ウサギ

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ウサギ

 姉が家の中へと消えてからも、私は相変わらず、木の上から遠くを眺めていました。しばらく経った時、今度は一匹の黒ウサギが近づいて来るのが見えました。黒ウサギは腕時計を気にしい気にしいしつつ、私のいる木の方向へ、ぴょんぴょん向かってきます。  近づいて来るにつれ、彼がこう言っているのが聞こえてきました。  「ああ忙しい忙しい。これからあと十軒も取引先を回って、その後に明日用の書類作成、夜はお得意さんとの飲み会だ。ああ忙しい忙しい」  ーああ、あんなに忙しそうにして、大変なんだなぁ・・・ー  はじめは、そう同情する気持ちもあったのですが、やがて私は、あることに気が付きました。どうやら黒ウサギは、木の上から自分を見つめる私の存在を、明らかに意識しているのです。その証拠に、「忙しい忙しい」と言うたびに、こちらをチラチラと見上げているのが分かりました。  何故なのか、未だに分からないのですが、そんなウサギさんの様子に気が付いた時、彼に対する同情の念はすっかり消えていました。そうして私は、ウサギさんから目を離し、再び遠くの風景をボンヤリと眺め出しました。     
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